冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
ちょうどドアの脇に立っていた紬さんは、飛び込んできた途端倒れそうになった私を助けてくれたらしい。
「そんなに慌てなくても、俺は逃げないのに」
私の体を支えながら、からかうように呟く紬さんの声に一瞬で震えた。
わざとなのか、私の耳元に届くその声はかなり小さくて、きっと中津さんには聞こえていないはず。
紬さんと同期だという中津さんは、部屋の入口から私たちの様子を興味深げに見ている。
彼女のにやりとした口元を見れば、今の状況を他の同期の人たちに話すのではないかとどきりとした。
そう気づいた私は、相変わらずその腕から私を離そうとしない紬さんに視線を向けたけれど、飄々とした表情を崩さないまま見返されただけ。
初対面の私でさえ中津さんの企みがわかるんだから、長い付き合いの紬さんにそれがわからないはずはないのに。
「誤解されているみたいですよ」
紬さんの腕の中から抜け出そうと、何度ももがいてみるけれど、意外と強く組まれたその腕が離れることはない。