冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
中津さんにこれ以上の誤解を招いて妙な噂をたてられて困るのは紬さんなのに。
慌てる様子もない彼に、くすりと笑われただけだ。
「あらあら、大丈夫?弾みをつけすぎちゃったわね。だけど、江坂くんの愛しい葉月さんをちゃんとお届けしたし、私は一旦退散するわよ。……あ、社長、コーヒーはホットですか?それともアイスですか?」
中津さんの大きな声にはっとした途端、部屋の奥から
「んー、この二人のおかげで部屋の温度が一気に上がっちゃったからねー。
アイスをお願いしようかな。それだけじゃ涼しくなりそうにない気がするけどね」
のんびりした声が響いた。
この部屋に入ってすぐに倒れそうになり、そして紬さんに抱きとめられたせいで他に誰かがいることを忘れていた。
そう言えば、ここは社長室だ。
ということは、この声の主は社長?
そして、紬さんのお父さん?
「瑠依?」
頭上から聞こえる紬さんの声に反応するようにぴくりと震え、そっと振り向くと。
「初めまして。会えるのを楽しみにしていたんだよ」
窓辺に立ち逆光を背にした男性が、すっと近づいてきた。