冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
おまけに、私と同様、周囲から結婚を強要されている紬さんだって、といよりも他の誰にも増して、彼がこの結婚を進めようと躍起になっている気がして不安になる。
私達二人が乗り気でなければこの話を終わらせることもたやすいだろうに、どうして紬さんが積極的になっているのか理解できない。
思わず泣いてしまいそうになる気持ちを引き締めて、私は紬さんを見上げた。
「確かに、おじい様の初恋の思い出を成就させてあげたい気持ちもあるけど。だからといって、愛し合っていない男性と結婚するなんてできない。私は、自分の未来を信じたいし愛する人と幸せな家庭を作る夢を捨てたくない」
下降していくエレベーターの中で、ちゃんと紬さんの目を見る。
そして、感情が昂ぶりそうになるのを堪えながら、時々つまりながらも自分の気持ちを伝えた。
私の言葉になんの反応も示さない紬さんに不安を覚えるうちに、エレベーターは一階に着き、扉が開いた。
幸いドアの向こうには誰も待っていなかったけれど、広いロビーには社員らしき人が何人かいて私達をちらちら気にしている。
エレベーターの中で見つめ合ったまま降りないなんて、不思議に思われても仕方がない。
「えっと、紬さん……?一階に着きましたけど」
辺りを気にしながらそう囁くと、紬さんは小さく頷いた。
「……瑠依の夢は、よくわかった」
そう呟くと、再び私の腕を掴んで歩き出す。