冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
「つ、紬さん、どこに行くんですか?私はもうここで……」
「言っただろ?今日は瑠依と食事をするって。俺のお気に入りの店に連れて行くから楽しみにしてろ」
「え、いいですよ。私達が一緒に食事をするなんておかしいし」
私の腕をひっぱり、引きずるように歩く紬さんの背中に必死で声をかける。
どこまでも、人の言葉を無視する人だな。
本当に強引で余裕いっぱいで、それでいて男前となれば、結婚する気がない私の心だって揺らいでしまうのに。
「どうして私を振りまわすんですか……。困るんです」
ほとんどお願いに近い声で紬さんにそう言うと、彼は突然歩みを止めて振り返った。
早足で歩いていた私は、勢い余って、思わずその胸に飛び込むようにぶつかった。
紬さんの胸にぶつかって、ほんの少しの痛みを覚える顔を上げて体を離そうとすると、一瞬早く紬さんが私の体を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと、紬さん、離して」
「……どうして」
「どうしてって。ここは会社のロビーで、人もいるのに」
あわあわと焦って辺りを見回すと、私達の様子を呆然と見ている人と目が合った。
きっと、紬さんの会社の社員だろうけど、若手から部長クラスであろう人まで、決して少なくはない人たちからの視線。
一様に驚きを隠せないまま、じっと私たちを見ている。