冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
「紬さん、まずいですよ。会社の人がじろじろと見てます。私は関係ないですけど、紬さんは明日から話題の人になりますよ」
私は囁くように小さな声でそう言って、紬さんから離れようとするけれど、どうも離すつもりはないようだ。
私は紬さんの腕に抱き寄せられたままでいる。
お見合いの日に出会って以来、何度もこうして紬さんに抱きしめられていることに、嫌でも気づく。
決してその力は強いわけではないけれど、それでも私が逃げることを拒むには十分な強さだ。
一体、紬さんは私をどうしたいのだろうか。
お見合いの席で結婚する気がないと言っていた舌が乾かないうちから「結婚する」と宣言するし、それも彼を追ってきた女性に向かってそう言っていた。
そして、今日は私を結婚相手としてお父さんに紹介するし、訳が分からない。
「もう……本当、いい加減にしてよ」
思うように体を動かせないことも手伝い、それまで鬱積していたイライラをぶつけるように大声をあげた。
瞬間、それまでロビーで私たちを気にしていた人たち皆が私達を振り返り、ちらりどころではなく食い入るように視線を向けてくる。