冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
……しまった。
後悔しても、後の祭り。
ただでさえ注目を浴びやすいに違いない、次期社長の紬さんへの噂が独り歩きすることを予想して、焦りを覚えた。
「ご……ごめんなさい」
「何が?」
「えっと、大声上げたこと……?紬さん、噂になるかも。妙な女に絡まれた……とか」
「ふん。妙な女じゃないだろ?」
「え……?」
不機嫌な気持ちを隠さない紬さんの低い声が、響いた。
もう少し声を抑えて欲しいと慌てる私の気持ちなんてまるで無視したまま、紬さんは更に言葉を続ける。
「俺の大切な婚約者を『妙な女』呼ばわりするな」
「つ、紬さん、声、大きい」
「うるさい。それに、噂になってもいいだろ?俺たちは結婚するんだから、これは噂じゃなくて事実だ。今更つべこべ言わずに嫁に来い」
何をきっかけに感情をここまで昂ぶらせているんだろうかと、あっけにとられる。
どちらかと言えば、自分の感情と上手に付き合い、人当たりのよさそうな表情で過ごしている人だと思っていたけれど、それは大きな間違いだった。
眉を寄せ、きっと私を睨みつけている紬さんは、まだまだ言い足りない気持ちを落ちつけるように大きく息を吐き出す。