冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
『ようやく』
という言葉がひっかかるけれど、そのことを流してしまうほど私は混乱している。
男性からそこまで求められたことがなかった私の体は一気に熱くなる。
紬さんの胸に押し付けられた顔を動かす事もなく、「結婚する」という言葉を何度も反芻し、そして。
そう言った紬さんの鼓動の速さが特に速いわけでもないと気づいた。
とくとくとく、とゆったりとした音が聞こえてくる。
そっと視線を上げると、紬さんは平然とした表情で私を見下ろしている。
にやりと笑う余裕まであって、彼の昂ぶっていた気持ちが一気に落ち着いたとわかる。
「……悔しい」
「は?」
「べ、別に」
私をこうして抱きしめているくせに、ドキドキすることも、慌てることもないんだ。
普段通りに落ち着いて、そして私を嫁にすると簡単に口にするなんて。
私なんて、紬さんと会う度に緊張もするしドキドキするし、それに、お見合い相手なんていう特別な出会い方をしてしまって。
どうしても意識せずにはいられないというのに、紬さんは私との結婚を当然のことのように受け入れて、結婚に向けて進み始めている。
お見合いの席に現れたあの女性のことはどうするんだろう、それに、私を愛していないというのに結婚なんてできるのか。
……そんなことを考える度、私一人が右往左往させられているようで悔しくてたまらない。