冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
混み合う車内で更に密に寄り添い、二駅先で電車を降りた。
繁華街に通じるこの駅で降りることは多いけれど、男性と二人きりというのは初めてかもしれない。
大抵は会社の飲み会や友人と食事するために立ち寄るこの界隈には穴場といえる店が多い。
美味しい料理を安価で提供してくれる店は会社員にとってはありがたく、気軽に立ち寄ることができる。
駅から迷うことなく歩く紬さんの様子からは、この辺りに精通しているとわかり、普段の活動範囲が私と似ていると嬉しくなった。
ただそれだけのことだけれど、紬さんとの距離が近づいたように思える。
飲食店が立ち並ぶ通りを二人で歩いていると、一軒のお店が目に入った。
「あ、先週このお店で送別会があってね。お酒の種類も豊富だし、お料理もおいしかったんだ。何より安いってのが魅力的」
ふと通り過ぎた居酒屋を指差して呟くと、紬さんは興味深げに視線を向けた。
「送別会ってことは大勢入れるのか?」
「当日は貸切にしてもらったんだけど、50人は大丈夫だって龍一が言ってたから結構な人数が入れると思うよ」
「……龍一って、誰だ?」
「あ、ごめんごめん。部署の後輩でね、今年の宴会担当の一人なのよ。だから、部署で何かある時は龍一たちが全て仕切ることになってる。私も去年は担当だったから大変だった」
「へえ……後輩ね」
低い声が気になって視線を向けると、特に何の感情も浮かんでいない顔があった。