冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
俯き、ちらちらと足元を見ながら歩いていると、突然ぐっと手を引っ張られた。
「え?ど、どうしたの?」
ただでさえ不安定な足元を注意しながら歩いているというのに、そんなのお構いなしに紬さんが私の体をその胸に抱き寄せた。
「つ、紬さん」
慌てて視線を上げると、私の背後を睨みつけている目があった。
「あの……?」
「人通りが多いんだから、周りを見ながら歩けよ。今も酔っ払いにぶつかりそうになったんだぞ」
「え、そうなの?」
紬さんが舌打ちしながら向けている鋭い視線をたどると、サラリーマンと思えるスーツ姿の男性数人の背中があった。
ほろ酔い気味なのか、後姿でも足元がおぼつかないのがわかる。
俯いていたせいで、彼らにぶつかりそうになったんだ。
それに気づいた紬さんが守ってくれた。
「……ありがとう。気づかなかった」
私を守るように抱き寄せてくれた紬さんの胸からそっと体を離し、小さく頭を下げた。
「気をつけろよ。タチの悪い男にでも絡まれたらやっかいだし、いつでも俺が側にいてやれるわけじゃないんだからな」
「うん。そうする」
大きくため息を吐いた紬さんは、「それにしてもあいつら、周りに気を使えないほど酔うなよ……」とぶつぶつ言いながら、自然に私の手をとった。
重なった手を握りしめ、再び歩き出す。