冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
「瑠依が何を根拠にそんな事を言い出したのかはわからないけどさ、今の俺には瑠依以外に結婚したい女はいないから、泣く必要なんてないのに」
「嘘だ」
「嘘じゃない。仕事を覚えるのに必死で特定の女を作る余裕なんてなかった。次期社長ってだけで抱える重さは半端なものじゃないって……瑠依ならわかるだろ?」
「まあ、確かに。私の父は、それに耐えられなくて家出中だしね」
「家出って……子会社で修業中だろ?」
「ううん。社長の器じゃない自分を自覚して、逃げ出したの。で、おじい様が仕方なく子会社にお願いして面倒をみてもらってる。だから、紬さんが言ってること、わかる……気がする」
「だろ?だから、特定の女は長い間いない」
「ふーん。特定の女じゃない、適当な女はいたんだ」
「……まあ、そこは濁しておけよ。俺だって男なんだから、それなりに、な」
ははっと苦笑する紬さんのお腹にもう一発、と握りこぶしを作った途端、その手をぐっと掴まれた。
「二度目はなし。瑠依のパンチは効くからな。さっきも結構痛かった」
紬さんはからかうように顔をしかめ、私の手をそのまま強く握った。
そして、優しい仕草でするすると私の指先を撫でて、ふっと笑顔を浮かべて呟いた。
「とりあえず、ビールを飲んでからでいいだろ?」
一旦止まった歩みを再び進め、紬さんが連れてきてくれたお店は、初めて入る定食屋さんだった。