冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
③
「ここならほっけがありそうだね」
「ああ、それも焼きたてを出してくれるぞ。それに、コロッケもうまいんだ。絶品」
「そうなんだ……あ、奈良漬がある。私大好物なんだけど、頼んでもいい?」
「ああ……なすの漬物も手作りでうまい……は? 何見てるんだ?」
「え? だってあの包丁さばき、すごいんだもん、どれだけお料理をしたらあんなに綺麗なキャベツの千切りができるようになるんだろう」
「……千切りって……」
それほど広くはない、二十人ほどがお店に入れば満席になりそうなお店。
調理場に一番近いテーブルに座った私は、割烹着と三角巾という理想の「定食屋のおばちゃん」の姿を目の前にして興奮気味。
小気味よく響く包丁の音に視線を向けると、料理本のお手本に出てきそうな綺麗に刻まれたキャベツ。
まな板の上で刻まれたキャベツは一定量が出来上がると大きなざるに移されて、水で荒々しく洗われる。
ざっざっと水気を切られ、おばちゃんの背後にあるテーブルに置かれて出番を待つ。
その流れを見ながらわくわくしていると、紬さんが私の頬を指先で何度かつついた。
「え……あ、何?」
キャベツの次にまな板に置かれたきゅうりが、薄い輪切りに切られていく。
それなりに料理はするけれど、こんなに手際よくきれいに調理するなんてできないなんて思いつつ、その様子にくぎ付けになっていた私は、紬さんにちらりと視線を向けただけ。
ほんの一瞬視界に入った紬さんの表情は、呆れているような怒っているような、決して機嫌がいいとは思えなかった。
私がきゅうりの輪切りに夢中になっているのが気に入らないらしい。