冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
長身で紺色のスーツを着ているその男性は、くすくす笑いながら、私と紬さんを交互に見ていた。
「へえ、写真で見るよりもずっと綺麗だね。本物の瑠依ちゃんに会えて嬉しいよ」
「え?」
「電車に乗っている時、日里からメールで紬と瑠依ちゃんが店に来てるって連絡があったから、駅から急いで来たんだけど、すれ違わなくて良かったよ」
「……日里さん?」
「そ。俺、日里の旦那さんで桃山茅人。この不機嫌な男の親友……って、紬、足踏むんじゃねえ。照れるなよ」
日里さんの旦那さんだという「かやとさん」は、優しい声で話していたかと思うと、それが気に入らない様子の紬さんに足を踏まれ、小さな悲鳴をあげた。
痛みに顔を歪め、片足で飛び跳ねている。
「お前も日里も夫婦そろって余計なことを言いすぎなんだよ」
紬さんは、私を隠すように目の前に立ち、低い声でそう呟いた。
「夫婦そろってってことは、日里も瑠依ちゃんに根掘り葉掘り……?」
「ああ、せっかくうまい夕食を楽しみにして行ったのに、あいつが瑠依にいろいろ言うから」
「だけど、日里が言ったことはきっと嘘じゃないだろ?紬がこれまでまともに恋愛してこなかったこととか味覚がお子ちゃまだとか……だろ?」
にやりと笑い、意味ありげに私に視線を向けた茅人さんに、私は大きく頷いた。
「そ、その通りです」
「だろ?こいつ、まともな恋愛には縁がない人生を送ってきたから、瑠依ちゃんだけは見捨てずによろしく頼むよ」
「茅人、おまえ、うるさい」
私の前に立っている紬さんの背中からそっと覗いた茅人さんは、紬さんに大きな笑顔を見せていた。