キスはワインセラーに隠れて
1.男になるきっかけ
「ねぇ、環(たまき)は髪、伸ばさないの?」
柔らかな春の陽射しが眩しい四月の午前中。
カフェのテラス席で少し早いランチを済ませ、食後のコーヒーを楽しんでいると、向かいの席で私を見つめる親友の小羽(こはね)が言った。
彼女の髪は上品なブラウンに染められ、緩やかなパーマがかかった女の子らしいロング。
小羽には似合ってるし、可愛いと思うけど。
そういう髪型は手入れが大変そうだから、ものぐさな私にはきっと向いてない。
それに、今は――
「短い方が、仕事のとき楽だから」
私はそれだけ言って、湯気の立つカップに口をつけた。
「そっか、レストランだもんね。今度行ってみたいなぁ、環の職場」
――ギクッ。それはやめて、小羽。
私は動揺を隠しつつ、曖昧な笑みを作って言う。
「いつも混んでるよ?」
「予約しないと厳しい?」
「予約……しても厳しいかも」
「そうなんだぁ、じゃあ諦めようかな」
残念そうに瞳を伏せる彼女に、私は心の中で両手を合わせた。
ごめんね、小羽。
いつもお店が混んでいるのは本当のことだけど、予約が取れないほどじゃない。
でも、小羽に来られたら困るんだ。
なぜなら私はあの店で――
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