キスはワインセラーに隠れて


「お、俺、別のとこ掃除してくるな!」


本田の視線に耐えきれなくなって、私は足早にフロアを出て行く。

避難場所に選んだのは、今日も病欠の主(あるじ)を欠いて、きっと誰もいないであろうワインセラー。

あのひんやりとした空間は、頭を冷やすのにちょうどいい。

そう思いながら地下への階段を下りると、いつか須賀さんと藤原さんの言い争いを聞いてしまったときのように、私は扉の前で足を止めた。

……中からまた、誰かの話し声がしたから。


でも、今回はこの間みたいに盗み聞きみたいなことしたくない。

私はくるりと回れ右をして、階段を上がろうとしたのだけれど。

ガチャ、と扉の開く音がして、そこから出てきた二人の人物に、私はばっちり姿を見られてしまった。


「……庄野?」

「あれ? どうしてここに……」


不思議そうに私を見つめるのは、須賀さんとオーナー。


「えーと、その」


私が適当ないいわけを探している途中で、オーナーはせわしなく私の横を通り過ぎていった。

「今日も忙しそうだからよろしく!」なんて言い残して。

その後ろ姿が見えなくなり少しほっとしていると、今度は須賀さんが大股で私の元へ歩み寄り、難しい顔をしながらこんなことを言った。


「……どうも厄介なことになってきた。藤原のやつ、風邪で休んでる場合じゃないぞ」

「え……?」


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