キスはワインセラーに隠れて
『そしたら、若葉のヤツは長かった髪をばっさり短くしてきてな。態度とか仕草とかも荒くなって、どうしたのかと聞いたら、こう言った。“私は男になるんだ”ってな』
そういえば、レストランに来たときの彼女の髪も短かった。
私がぼんやりその姿を思い出していると、須賀さんは言葉をつづけた。
『周囲にナメられてたことが相当悔しかったんだろうが、若葉のやり方は全部裏目に出た。
女性なら、女性にしかできない繊細な料理ができるはずなのに、若葉の料理にはそれがない。むしろ、荒っぽいと評価されて』
話している間ずっと、須賀さんは彼女を“若葉”と呼んでいた。
昔からの知り合いだからっていうのもあるかもしれないけど、それだけじゃないような気もしていた。
前に、須賀さんは私と誰かを重ねているんじゃないかって思いが脳裏をよぎったことがあったけど……
その“誰か”は若葉さんなんだろうと、私は気がつき始めていた。
『そんな若葉を俺は放っておけなくてな……結婚を申し込んだ』
『けっ……結婚!?』
『ああ、もちろん一人前になったらという条件付きだが』
『それで、若葉さんは……』
『聞くまでもないだろ。俺は独身だし、さっきもお前に手を出したばかりだ』
ふざけた調子で言っていたけど、その表情に少し翳りがあるように見えたのは、気のせいじゃなかったと思う。
若葉さんは、どうして須賀さんのプロポーズを断ったんだろう。
須賀さんはそのことには触れず、話は過去のことから現在のことへと移った。