キスはワインセラーに隠れて


『……とにかく、今の若葉は一人前のシェフだ。そして、自分が開くレストランのスタッフとして、藤原をうちの店から奪おうとしてる』

『なんで、藤原さんを……?』

『そりゃもちろんソムリエの腕だろうな。藤原は、一度ソムリエの世界大会に日本代表として参加したことがある』

『ええっ!?』


藤原さんの腕を疑っていたわけじゃないけど、まさかそんなにすごいソムリエだったなんて知らなかった。

その大会、見たかったな……きっとカッコよかったんだろうな……

そんなことを考えてぼうっとしていた私に、須賀さんがぼそっと吐き捨てるように言った。


『……あとは、ルックス』

『……え?』

『ウチのオーナーはそれを狙って藤原を雇ってるわけじゃないだろうが、アイツ目当てで来る女性客が少なくないのも事実だ。若葉は、そこに目を付けた』


ルックスで、スタッフを選ぶ……

私はそれを聞いて、若葉さんのやり方にちょっと反感を持った。

自分も“見た目”のことでいやな思いをしてきたはずの人なのに、逆にそれを利用するなんて……


とにかく、どうしても藤原さんが欲しい若葉さんは、ウチのレストランよりもいい条件を、藤原さんに提示して、彼を奪おうという作戦らしい。


もしも藤原さんがそれを呑んでお店を辞めてしまったら、後任はどうするか。

そもそも、若葉さんの計画を考え直してもらうことはできないのか。

オーナーと須賀さんがワインセラーにいたのは、そのことを二人で話していたからだったのだそう。


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