キスはワインセラーに隠れて
そういえば、本田と一緒にスタッフルームを追い出されたあの時、オーナーはいなかった。
つまり、そこで交わされた会話は、仕事のことじゃなかった……?
「……藤原さん。須賀さんは、若葉さんに昔結婚を申し込んだらしいんです。若葉さんは断っちゃったみたいなんですけど……」
「なら、決まりだな。彼女の方はどうか知らないが、あのシェフはそのことずっとひきずってんだろ」
「……どうにかならないのかな。せめて、若葉さんの気持ちが分かれば……」
「……環。それだ」
何かいい考えが浮かんだらしい藤原さんは、それからある“作戦”を立てはじめ、紙ナプキンにボールペンを走らせた。
「こ、これ……ちょっと危険すぎませんか?」
そこに書かれた作戦の内容を見て不安になった私がそう聞くと、藤原さんは珍しく優しげに笑い、私の頭を撫でた。
「大丈夫だ。……たぶんな。万が一失敗しても、俺はお前を裏切るようなことはしない」
作戦の決行は、藤原さんが若葉さんの誘いを受けるかどうかを決めるリミットであった、七月はじめの週の、金曜の仕事前。
どうやらその作戦には私も組み込まれてるみたいだけど、本当に大丈夫かな……