キスはワインセラーに隠れて
16.女シェフの本心
――作戦を決行する日は、あっという間にやってきた。
いつもよりかなり早い時間に出勤した私は、厨房で須賀さんが一人でいるところを見計らい、白いコックコートの後姿に声を掛けた。
「あのう、須賀さん……」
「……庄野か、早いな。どうかしたのか?」
えーっと。確かここで泣き真似。……って、私にそんな演技力あるわけない!
藤原さんってば、なんて無謀な計画を……
とりあえずうつむき気味になり、意気消沈した雰囲気を醸し出しつつ、私は口を開く。
「今、藤原さんにフラれてきました」
「フラれた……? ああ、アイツ、やっぱり若葉のところでソムリエをすることに決めたのか。
でも、それをお前が“フラれた”と表現するのはおかしいだろ。それを言うならフラれたのはオーナーだ」
……ごもっとも。
でも、この台詞を言えって指示されたんだもん! あの俺様に!
「それもそうですけど、私のことも、もう要らないみたいです。……向こうには、若葉さんがいるから」
「……どういう意味だ?」
今まで冷静な調子だった須賀さんの顔色が変わった。
これは思った以上に、若葉さんの名前を出すと効果テキメンみたい。
ということは、須賀さん。あなたはやっぱり……
「若葉さんは、私と似たような髪型で、背格好も似てて……それで私より美人ですもん。藤原さんが彼女を選んでもしょうがないです」
「……なんだそれは。藤原が、若葉を?」