キスはワインセラーに隠れて


「何って……新しいお店のオーナー兼シェフとの信頼関係を築こうと」


若葉さんを壁ドンしたままで、しれっと言い放った藤原さん。

……なんか、結構楽しんでません? 若葉さんとの距離も近すぎだし!


「……ずいぶん強引なやり方だな」

「そんなこと須賀さんには関係ないじゃないですか。
あ、それと。タマのことはさっき捨てましたんで、好きに使ってください」


な、なんて言いぐさ。今回は捨て猫タマですか私!

本当に好きに使われたらどうする気なの、まったく!

なんて、本来の目的である須賀さんの反応を窺うよりも、自分の私情でやきもきしていたときだった。


「……航(わたる)。この間、久しぶりに再会したときには、言えなかったんだけど……
昔……修業時代に、私があなたのプロポーズ断った理由、わかる?」


薄暗い部屋に凛と響いたのは、若葉さんの声。

須賀さんは突然投げかけられた質問に戸惑ったように、こう答えた。


「それは……単に俺と結婚したくなかったから……」

「違うの」

「……違う? だって、あのときお前の口から―――」


若葉さんが目配せすると、藤原さんは彼女の脇についていた手をどけ、静かに身を引いた。

自由になった若葉さんは、ゆっくり須賀さんの元へ歩み寄って、彼を真っ直ぐに見つめた。


「あのとき……私はなかなかシェフとして成功する芽が出そうになくて、必死でもがいてたでしょう? 男になろうとしたけど、それもダメで。何をやっても八方ふさがり。
そんな私のこと、助けてくれようとしてたのはわかってた。でも……それに甘えたら、もっとダメになると思ったの」


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