キスはワインセラーに隠れて



スタッフルームの前の通路で、私はしばらくの間待たされていた。

部屋の中では、オーナーが本田に事情聴取をしている最中。

……本田のヤツ、どうして、あんなこと。

私の正体に、気づいて……?

今まで、本当に仲の良い同僚だと思っていただけに、ショックが大きい。

あの時つかまれた手首が未だにジンジン痛んで、なんだかすごく落ち込むよ……


私は自分で自分の手首をさすりつつ、深いため息を吐く。

すると、スタッフルームの扉が静かに開いて、オーナーと本田が一緒に出てきた。


「環……」


神妙な顔で、私を見つめる本田。私も本田の方に体を向けて正面から彼と向き合うと、本田はおもむろに頭を下げた。


「――ゴメン! 乱暴なことして!」


……それって、私を“女”と理解したうえで言ってるのかな。

どう返事をしたらいいか迷っていると、体を折り曲げたままの本田の後ろで、オーナーがなにやら私にジェスチャーと口パクで合図している。


“コイ、ツ……バカ……だから”


唇の動きを読みつつ、動作に注目すると。

本田を指さしてから、その指をくるくる回して、ぱー……って、オーナー、結構ひどい!

私が内心ツッコんでいる間も、オーナーの合図は続いていた。


“まだ……きづいて、ない。環ちゃんが、女だって……”


「ええ! じゃあ、どうして……」


思わず口に出すと、本田が頭を上げる。


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