キスはワインセラーに隠れて
「他になかったんですか?」
「それはこっちの台詞だ。……まさか、こんなガキっぽい柄のグラスでシャトー・マルゴーを飲むことになるとは」
「シャトー、マルゴー……?」
「ワインの女王――って言われてるくらい価値あるものだ」
価値あるもの、と言いつつ惜しげもなく開栓しようとする藤原さん。
その手元を見て、ふと思う。
あんな道具、うちにあったっけ……?
「藤原さん……それって」
「ああ、こんなこともあろうかとソムリエナイフはいつも持ち歩いてるんだ」
「……へえ」
出かけた先でワインのコルクを開けることなんて、そんなにあるのか謎だけど。
このワイン馬鹿さんにはきっと、大事な道具なんだよね。
手際良く栓を抜きグラスに注ぐ藤原さんは、職場で見る時のようなソムリエの顔をしていて、それを独り占めしているこの状況が、私はなんだか楽しくなってきた。
だって、自分だけのためにワインを開けてくれる、専属のソムリエがいるなんて、すごく贅沢じゃない?
そう思うと、グラスのカッコ悪い水玉模様も、なんだか特別なものに見えてくる。
「――じゃ、飲むか」
グラスを手にした藤原さんが、私の隣に腰を下ろした。
そして至近距離で私を見つめながら、口を開く。
「……お前が、あの店にいた時間は短かったけど」
そこまで言うと乾杯の合図のように、私の手の中にあるグラスと、自分のグラスをぶつけた。
「その間に俺と出逢えたんだ。……意味がなかったとは言わせない」
「藤原さん……」
なんてキザな台詞だろう。そう思うのに、胸が高鳴って。
まだワインは飲んでないのに、酔ってるみたいに、体が熱くなっていく。