キスはワインセラーに隠れて


どうしよう……今まで散々お世話になっている本田には、辞める前に本当のことを言ってもいいかなと思っていたけど。

今このタイミングで言うのって、なんかややこしいことにならないかな……?


「あのさ、本田――」


それでも勇気を出して、私がそう呼びかけると。


「あー、いいんだ。わかってる、環が好きな人のことは。フラれるってわかってても、ちゃんと言っておきたかったんだ。
あ、でも。別にフッたからって気まずくなる必要はねーからな。今まで通り、友達でいてくれりゃーいいから」


早口で一気にそこまでまくしたててから、明るく微笑む本田。

そんな彼を見ていたら、私までつられて笑顔になった。

ホント、いいやつだな本田って。

本当のことを言うタイミングは逃したけど、本田ならたぶん、私が男だろうが女だろうが同じように接してくれるんだろうから、とりあえず、いいか。


……でも、さすがにあのことは、“いいやつ”のひとことで済ませられない。


「……そういえば。さっきのこと、オーナーはなんて? まさか、本田のこと辞めさせたりしないよな?」

「ああ。アレな。……結局俺ら三人も決まったよ、今月で店辞めること」

「ええっ!?」


うそ……三人とも、このお店に絶対必要な人材だと思うのに、オーナーは何を考えてるの?


「俺のせい……だよな」

「……言うと思った。でも違うって。俺らが自分たちで勝手に考えてやったことだから、気にすんなよな」


そんなこと言われたって……

恨めし気に本田を見つめると、彼は少し申し訳なさそうに笑い、この話は終わり、とでも言うかのように、私の肩を叩いて更衣室を出て行ってしまった。


……彼らの考えが、全然見えてこないよ。

できれば他の人にも、事情を聞きたい。

藤原さん、まだ帰ってないかな……


< 153 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop