キスはワインセラーに隠れて


「環」

「……はい?」


なんで改まって名前なんか呼ぶんだろうと、きょとんとする私。

藤原さんはゴホンと咳払いをすると、私をまっすぐに見つめて言う。



「お前……俺のモノになれよ」



……俺のもの? どういう意味?


「……今でも、そうじゃないですか」

「いや、だからもっと深い意味で」

「深い意味……? あ、ダメですよ、職場でイカガワシイことはしませんからね。するなら家に帰ってから――――」


――バン! と耳元で大きな音が鳴って、私は身を縮めた。

藤原さんが、私の背後の壁に手をついたのだ。その表情は、なぜか不機嫌そう。


「……この鈍感猫」


ど、鈍感猫って……なんでそんなこと言われなきゃならないの?


「藤原さんの言い方が悪いんじゃないですか?」

「なんだと?」


一瞬にして、私たちをまとう空気が不穏なものに変わった。

こんな空気は、初めて藤原さんと喧嘩をしたあのとき以来。


また、喧嘩になっちゃうのかな……

今は帰る家が同じだから、そうなったら気まずさ倍増だ。

私がぎゅっと唇を噛んで、彼の出方を窺っていると。


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