キスはワインセラーに隠れて
「……環さ」
「うん?」
聞き返した私を、本田の黒目がちの瞳がじぃぃっと見つめる。
な、なに……? 私何かマズイことを……
少々引き気味の私を上から下まで眺め終わると、本田は信じられない一言を口にした。
「――彼女のフリ、してくんない?」
「は……はぁ? 彼女って、俺男だし!」
「いや、お前男にしちゃ顔キレーだし。ウィッグとかつければいけるんじゃねーかと思って」
……そ、そりゃいけるでしょうよ。
これでもれっきとした女なんですから。
でも、だめでしょそんなの!
「嘘……つくのは、だめだろ」
自分で言っていて、ちくちくと胸が痛むのを感じてしまう。
私自身がとんでもなく大きな嘘をついてるのに、何言ってるんだろって……
「まぁなー。でも、あの子おしとやかな見た目に反して結構しぶといと思うんだ。
だから、実際に俺に他の女がいるっていうのをその目に見せてやらないと納得してくれなそうで」
「……いないのかよ? 他に、適役」
「いねぇ。今まで女っ気ねぇ生活ばっかしてたから、女友達もいねーし。
だから、一番近くにいる女……っぽいやつが、環ってわけだな、うん」
全く、鋭いんだか鈍いんだか。
でも、こういうことを頼んでくるのは、私が女だって気づいてないからこそなんだよね、きっと。