キスはワインセラーに隠れて
「……修羅場とかになったら、俺帰るよ?」
「おお! サンキュ! やってくれるんだな。じゃあ早速会う約束を……」
ポケットからスマホを取り出して操作を始めた本田を見ながら、私は小さくため息をつく。
どうしてこう、次から次へと問題が発生するんだろ……
性別を偽るのって、思ってたよりもずっと大変みたい。
「――見て見てみんな! 富士山よ!」
楽しそうな香澄さんの声で窓の方を向くと、ガラス越しにはそびえ立つ雄大な富士山。
そのスケールの大きさに、もちろん感動はするけれど……
私は手元に視線を移し、無意識のうちに手で握ってくしゃくしゃになってしまった、さっきのアミダくじを開いた。
この結果を見るまでは、香澄さん以外なら誰でも変わらないと思っていたけど……
こうしていざ“彼”と同室になるってことが決まると、憂鬱すぎて富士山どころではない。
だって……一番気軽に話のできる本田でもなく。
ちょっとは親しくなってきたかなと思える俺様ソムリエでもなく。
「うまくやれるかな……」
誰にも聞こえないように小さく呟き、シートの上からちらっと後ろの様子を伺うと、彼は腕組みをしながら寝ているようだった。
……どうしよう。
一番何を考えてるのかわからない不機嫌シェフと、一夜をともにするなんて――――。