キスはワインセラーに隠れて
「――はい、環クン」
物欲しそうにしているのがばれたのか、振り向くと香澄さんが私に空のグラスを差し出していた。
「あ、あのコレ」
「入口で係りの人にもらったの。樽試飲なんてなかなかできないわよ? 私はあんまりワイン得意じゃないから遠慮するけど、環クンは行ってきたら? 今なら先生いっぱいいるから解説付きよ?」
「解説……藤原さん以外も、ワインに詳しいんですか?」
「須賀くんはフレンチのシェフだからもちろんそれなりに。ウチのダンナもああ見えて、ソムリエの試験は何度か受けてるの。……ま、ことごとく落ちてるんだけどね。それでも雄河くんが休みのときは、彼がお客さんにワインの説明をしたりしてるわ」
「へえ……」
みんなすごいんだな……。そんな三人と一緒に試飲って、なんだか余計にやりにくい気がするけど。
グラスを持ったまま彼らを見つめていると、そのうちの一人と目が合った。
彼は口元に微笑を浮かべて、来い来いと私を手招きしている。
そういえば、彼の得意な“うんちく”――私はまだ一度も聞いたことないんだった。
勉強のために、聞かせてもらうのもいいのかもしれない。
「……ちょっと行ってきます」
私は香澄さんと本田に言うと、今日も忠犬のごとく藤原さんのもとへ駆けていくのだった。