キスはワインセラーに隠れて


「……美味しい!」


大学生の時に居酒屋で働いていたくらいだから、ワインを飲んだことがないわけではない。

でも、今まで飲んでいたものとは比べ物にならないくらい、複雑な味が絡まっていて美味しい。


「私にとってはその言葉が一番うれしいです」


生産者の小川さんは、笑みを深めてそう言ってくれる。

けれど、私から飲みかけのワインを奪って口を付けたうちの俺様ソムリエは――



「……アタックは落ち着いていて控え目。繊細な甘みと酸味のバランスがよく、凝縮感のある果実味……そうだな、ラズベリーに似た味がゆっくり広がって。余韻にはコーヒーのような熟成感がやや長めに舌に残る。
――ってところですかね、小川さん」



何、今の呪文みたいなコメント……

しかもブドウなのにラズベリーってどういうこと?


「……お見事です。そこまでわかって下さるソムリエさんがいるなら、この取っておきのワイン、喜んでお売りしますよ」


わ、小川さん、私が「美味しい」と言ったときよりずっと嬉しそう。

あんなちんぷんかんぷんなコメントも、小川さんにとってはすごい褒め言葉だったみたい。


「それじゃみなさん、どうぞこちらへ。他のワインも試飲できますので」


もともと笑顔だったけれど、さらに機嫌のよくなった小川さんに先導されて、私たちは樽の並んだ部屋からぞろぞろと出る。

そして今度は冷蔵庫とワインボトルが並ぶお店のようなスペースに移動した。


そこでもオーナーや藤原さんが色々なワインを試飲して、お気に入りを見つけるとそれを小川さんに注文しているようだった。


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