キスはワインセラーに隠れて
「こらこら、余計な話をするな」
ふううん。なるほど。
自分の愛する奥様と同じ思いをさせたくないから、女の子は雇わないってことか。
クマさんみたいな外見の割に、男らしいオーナーじゃない。なんて、ちょっと失礼かな。
「この人は本当は私に店に出てほしくないみたいなんだけどね。私だってこのお店が好きだから、調理補助として裏で働くことくらいは許してよねって彼に言って、今に至るわけ。
だから、環ちゃんだって、男の子のフリすれば問題ないんじゃない?」
「……そんな無責任な」
「私が変な男に好かれちゃったのは、たまたまよ。その“たまたま”を気にしすぎて女性の働く職場を奪う方が問題あるんじゃない?」
この夫婦の力関係は、どうやら香澄さんの方が上みたい。
ずっと答えを渋っていたオーナーも、最後には首を縦に振ってくれた。
――ただし、いくつかの条件付き。
・絶対に女だとばれてはいけない。ばれたらお店を辞める。
・遅番のときは、仕事が終わったらオーナーか香澄さんに車で家まで送ってもらう。
・同僚と恋に落ちない。
(恋に落ちる=性別がばれるってことだし、お店で働く男子たちはオーナー曰くキケンな奴らが多すぎる、とのこと)
女だとばれない自信はある。オーナーだって間違えたくらいだし。
夜遅くなったら家まで送ってもらうなんて、申し訳ないくらいありがたい。
そして三つ目の条件に関しては、“男”として働くんだからあり得ないでしょ。
だいたい、もともと恋愛とかに淡泊な私だから、女として働いたとしてもたぶん大丈夫。
……というわけで。
「私、一生懸命働きます!」
優しいオーナーご夫妻に宣言したその日から。
カジュアルフレンチ“plaisir”(プレズィール)での、男としての毎日が始まったのだった。