キスはワインセラーに隠れて
7.お前が女だったら
山梨から帰ってきて二週間。
plaisirでの仕事にもだいぶ慣れ、フランス料理の知識も少しずつ増えてきた。
――と、いうのも、私が“女”であることに気付いてから、須賀さんが急に優しくなり、手の空いた時間に色々教えてくれるようになったからだ。
「コンポートって、あの果物を甘く煮たやつだけじゃないんですか」
「……ああ。野菜を柔らかく煮込んだものにも使うな」
「知りませんでした……勉強になります」
営業時間を終えがらんとした厨房で、教わったことをメモに取っていると、座っていた丸椅子から須賀さんが立ち上がった。
「お前……明日の定休日、暇か?」
「明日? ええと、人と会う約束がありますけど」
「そうか……ならいい」
コックコートの裾を翻し、先に厨房を出て行ってしまった須賀さん。
明日、なんだったんだろ……? お休みの日まで、料理のこと教えてくれようとしたとか?
首をかしげつつ私も数分遅れて厨房をあとにした私。
更衣室の前まで来てドアノブに手を伸ばそうとしたら、急に扉が開いて私服に着替え終えた須賀さんが出てきた。
「あ……おつかれさまです。早いですね、着替え」
「お前に気を遣ったからに決まってるだろ」
「す、すいません……」
なんか、機嫌悪そう……さっきまで普通だったのに。
委縮しながら須賀さんの後姿を見送り、更衣室に入ってロッカーを開けると、バッグからのぞくスマホのランプがちかちか光っていた。