キスはワインセラーに隠れて
「新着メール……本田か」
見たいような見たくないような……
私は目を細めつつ、画面に指を滑らせた。
さっき須賀さんに言った“人と会う予定”――それは、前に本田に頼まれていた、彼女のフリをするっていうあまり気の乗らない約束のことだ。
きっとこのメールは、今日はシフトが合わなくて話す時間のなかった本田から、その詳細が送られてきたんだろう。
「12時に、店の前ね……」
確か、彼女――かなえちゃんとか言ったっけ。
きっと本田のこと、まじめに好きであろう彼女を騙すと思うと、胸が痛む。
ロッカーの内扉についた鏡を覗き、少し伸びてきた頬の辺りの髪を引っ張る。
明日はウイッグをかぶせられるらしいけど……本田、どんなの持ってくるんだろ。
服装は、一着だけ持っているワンピースを着て行く約束だ。
もちろん、なんで男なのにワンピースなんて……と思われないように、“大学生の時に飲み会で女装させられた”っていう作り話を本田に聞かせておいた。
「……私の方が、よっぽど嘘つきかも」
着替えを済ませ、パタンとロッカーを閉めると同時にため息をつく。
始めのころは少ししかなかった、性別を偽ることへの罪悪感。
でも、本田をはじめとした同僚たちと親しくなるにつれ、それは徐々に膨れ上がってきた。
そして、今まであまり考えないようにしてたけど、こんなこと、永遠には続けられないだろうというのもこのところ強く感じる。
それでも私はこのお店と、それから一緒に働く仲間と、今自分のしている仕事が好きだから……
少しでも長く、平穏な日々が続けばいいって思うことは、いけないことじゃないよね――――。