キスはワインセラーに隠れて


「どうしよう……」

「ま、彼女が来ないことを祈るしかないだろうな。ただ……」


落ち込んで地面に視線を落とす私に、藤原さんが言う。


「なんかトラブったら、助けてやる。……お前のことだけな」


顔を上げると、藤原さんは珍しく優しげに微笑んでいた。


「藤原さん……ありがとうございます。でもなんで、俺だけ?」

「本田は自業自得だろ。少し痛い目見ればいいんだあんな奴。プリクラまで撮りやがって……」

「……プリクラ?」


確かに撮りましたけど。それは今関係のない話なのでは……?

突っ込みたかったけど、また鼻を摘まれたらいやなので、黙っておいた。

それから藤原さんは軽く咳払いをすると、いつもの俺様な調子に戻って言う。


「で。本田から解放されたお前は今ヒマなのか?」

「ええっと……はい、まぁ」


雑貨屋さん、行こうと思ってたけど。


「なら、酔い覚ましにコーヒー付き合え。今日のお前のカッコなら二人掛けソファでも不自然じゃないしな」

「べ、別の席探しますよ今日は!」


ムキになる私に声を上げて笑った藤原さん。

その無邪気な顔を見ていたら、何故か心臓がきゅうっと縮むのを感じた。


……なんだろこれ。

別に、本田みたいに手を繋いだわけでも、プリクラの機械の中で必要以上に接近したわけでもないのに。


ただ、笑顔を向けられただけで、胸が熱くなるなんて――――。


< 66 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop