キスはワインセラーに隠れて

遅番の日と雨の日以外はこうして自転車で職場まで出勤していて、街の風景を見たり風の匂いから季節を感じ取ったり。

気分の良いときは小さく鼻歌を歌いながらペダルを漕いで、見えてきたのは小さなレストラン。


「――おぉ、今日も早いな、環ちゃんは」

「おはようございます、オーナー。だって、更衣室に他の人来たら困りますから」


フランスの民家を思わせるレンガ造りの建物の前で、入口の扉を拭いていたのは例のオーナー、織田真一（おだしんいち）さん。


「はは、そうだな。万が一早めに来た奴がいたら、俺が足止めしとくから」

「ありがとうございます」


再びペダルをこいでお店の裏側に自転車を止めると、重たい金属の扉を引いて建物の中に入る。

すると、すでに出勤しているキッチンスタッフが仕込みを始めていて、美味しそうな料理の香りが通路にまで漂っていた。


「さて、私も着替えなきゃ」


タンッとスニーカーの底を鳴らして向かった更衣室で私が身を包むのは、男物のウェイターの制服。

もともと控えめな大きさしかない胸は、シャツの上から黒くて硬い生地のベストを着てしまえば無くなったも同然。

そしてロッカーの内扉についた鏡を見ながら、わざと無造作な感じに短い髪を散らせば……


「ん、よし！」


――庄野（しょうの）環、男バージョンの完成だ。