キスはワインセラーに隠れて




「――庄野、これ、五番テーブル」

「はいっ」


須賀さんから受け取ったデザートは、今日も繊細で芸術的。

グラスに入っているのは、雪のように白いライチのムース。その上に乗った褐色のジュレは、ダージリンを使ってるんだとか。

丸いトレイにそれを二つ乗せた私は、注意深くフロアを横切って目的のテーブルに向かう。


今日のところは、なんとかミスをしていない。

このまま気持ちよく勤務時間を終えられればな、なんて。

まだ仕事中なのにそんなことを考えたバチが当たったのかもしれない。



「お待たせいたしました。本日のデザートで――――」



言葉を失った私の手から、グラスが離れる。

コト、と控え目な音を立てて転がったグラスからこぼれたデザートが真っ白なテーブルクロスを汚していることより、私は目の前に座っていたお客さんに釘付けになった。


「あなた……」


キレイな長い黒髪。大きくて潤んだ瞳。それに、聞き覚えのあるその声……

何より私を穴が空きそうなほどじっと見つめてくるその行動が、“彼女”である何よりの証拠だ。



「……かなえ、知り合い?」



連れの女性の言葉で、どくんと波打った心臓。

やっぱり、かなえちゃん……


「も、申し訳ありません! すぐにお取替えしますので」


……逃げなきゃ。

咄嗟にそう思って、テーブルの上に横たわるグラスに手を伸ばした私だったけれど――


「ちょっと待って下さい」


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