キスはワインセラーに隠れて
彼女にがしっと手首をつかまれてしまって、それは叶わなかった。


「あ、あの……」

「私、あなたに会ったことがあると思うんですけど……人違いでしょうか?」


……どうしよう。答えに迷って視線を彷徨わせると、少し離れたテーブルで接客中の藤原さんと目が合った。

私のいるテーブルの、異様な雰囲気に気づいたみたいだ。


『なんかトラブったら、助けてやる』


前に言ってくれたその言葉を思い出したけれど、今は絶対に無理。

藤原さんはボトルを手にして、ワインのこと説明してる最中だもん……


落ち着かない私の様子を見て、かなえちゃんは確信したらしい。

つかんでいた私の手首を解放すると、きつい眼差しで私を睨み、口元には微笑を浮かべてこう言った。


「……からかってたんですね?」

「そんな、つもりじゃ……」

「確かに、中性的な雰囲気ありますもんね、あなた。あのあと、私を笑ってたんですか? 本田さんと二人で……」


どんなに違うと言ったって、きっと彼女は信じてくれないよね……

私は、それだけのことをしたんだ。友達のためとはいえ、やっぱりあんなことに協力するの、間違ってた……


「ごめんなさい……」


それ以外の言葉が見つからなくて、口にするなり深々と頭を下げた私。

こんなことで彼女の怒りが解けるとは思わないけど、謝ることくらいしか、今の私にはできないから。


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