キスはワインセラーに隠れて
「……許せると思います?」
「いえ……」
勇気を出して顔を上げてみると、唇を噛み、怒りで顔を赤らめたかなえちゃんと目が合った。
「……今日、本田さんは?」
「休みです……体調不良みたいで」
……まるっきり、嘘だった。
休憩中の本田はきっと今頃、スタッフルームで食事でもしているはず。
でも、ここで本人が登場するなんて、それこそもっと話がこじれそうだ。
私、いつからこんなに嘘が上手くなったんだろう……
「じゃあ、彼にも言っておいてください。……アナタたち、最低って」
カタン、と椅子を引いて立ち上がった彼女の華奢な手が、水の入ったグラスに伸びる。
その一瞬で何をされるか理解して、私はぎゅっと目を閉じた。
――――バシャッ!
飛んできた水は派手な音を立て、見事に私の顔周辺にヒットした。
「……帰ろ」
「う、うん……ねえ、かなえ、ちゃんと説明して――」
遠ざかっていく声を聞きながら、これで少しでも彼女の気が済んだのならいいと思った。
濡れた前髪がのれんみたいに視界を遮るのが邪魔だけど、暴力を振るわれたわけではないし……
彼女たちがホールから姿を消し、とりあえずこのテーブルを片づけなきゃ、と濡れたままの格好でいた私の肩を、ふいに誰かがつかんだ。
「……ここはいい。裏へ下がって着替えろ」
ぺたりとおでこに貼り付く前髪をかき分けて見つめた先には、白いコックコート。
視線を上げると、いつものように不機嫌そうな須賀さんが、私にタオルを差し出していた。