キスはワインセラーに隠れて
本田と別れた私が次に向かった先は、厨房。
毎日仕入れの状況によってコースの魚料理に使われる魚が変わるから、その確認と、他にも連絡事項がないかを厨房にある“連絡ノート”を見て確認するのだ。
「今日は来てないといいけど……」
――厨房に入るのは、いつもちょっと緊張する。
その緊張の原因である“彼”の姿がないかを探るため、私は通路から厨房へ続く扉についた小窓を覗き込んだ。
……うん。いないみたい。
「よかった。今日はのびのび仕事できそう――」
「――邪魔」
……え。そのいつにもましてテンション低そうな声はまさか。
「うわ!」
「……バケモノでも見たような声出すな。早くそこをどけ」
「す、すいません……」
……いたじゃん、須賀さん。しかも今日は特別機嫌悪そう。
ひらりとコックコートをはためかせて厨房に入っていくその後ろ姿を見ながら、彼に脅かされたせいで速くなった鼓動を落ち着かせるために、胸に手を当てる。
彼はうちのレストランで働くシェフ、須賀航(すがわたる)さん。
すらりとした長身に色白で中性的な顔立ち、肩まである長髪を後ろでひとくくりにまとめている彼は、イケメンっていう部類に属することは間違いないんだろうけど……
正直、私はかなり苦手。
作る料理はおいしいし、盛り付けも繊細で芸術的。でも、コミュニケーション力にちょっと問題があるから――
ちら、と再び厨房の中に目を向けると、須賀さんはコンロの前でスープの味見中。
今のうちに自分の用事済ませちゃおう……
私は彼を横目に厨房に入っていくと、大きな冷蔵庫のそばにヒモでぶら下げてあるノートを手に取った。