キスはワインセラーに隠れて
12.謎の女性
「……藤原さんが休み?」
「ええ。熱があるんですって。本人は大丈夫って言ってたけど、男の一人暮らしだから心配よねぇ」
お店の開店前、香澄さんが厨房の連絡ノートに“藤原 病欠”と書きつけながら、私に言った。
顔を合わせずに済んだのはありがたいけど、香澄さんの言う通り、彼の体調が心配だ。
だって、いつも私に色々命令するあの俺様が、熱のある体で満足に自分の世話ができるとは思えない。
「ここからは私の独り言だけど」
パタンとノートを閉じた香澄さんが、少し声を潜めて言う。
「雄河くんの家は、レストランの前の通りを駅側に歩いて行って、アロマショップのある交差点を左に曲がって五分くらいところにある、六階建てのマンションよ。前にダンナとお邪魔したことがあるの。確か、部屋番号は603」
「ど……どうして、そんなこと、俺に」
「別に環クンに言ったわけじゃないわ、あくまで独り言。でも、“心配です”って顔に書いてあるから」
ええっ! 私、いったいどんな顔を……!
片手で自分の頬に触れ、動揺した表情を浮かべる私に、香澄さんがにこりと微笑む。
「行くならウチの人と、それから“彼”にばれないようにね?」
言いながら、香澄さんの視線が私の背後に移動する。
彼……?
首を傾げて振り向けば、真剣な眼差しで料理の下ごしらえをする須賀さんの横顔がそこにはあって。