光のもとでⅡ

Side 司 05話

 閉会式を終えると、俺が声をかける間もなく翠はいなくなった。ようやく姿を見つけたときには簾条たちとテラスへ続く階段を上っているところで――。
「翠葉ちゃんの怪我、そんなに悪くないのかもね? ダンスも踊れてたし」
 同様に翠へ視線を向けていた優太に言われる。
 確かに、足を引き摺って歩いているようには見えなかったが……。
「そんなに心配なら早く着替えて迎えに行ってあげなよ、王子様っ!」
 バシ、と背中を思い切り叩かれ思わず咽る。
「……翠がワルツを踊れなかった際、どう繕うのか残りのメンバーで決めておいて。それと、翠はあまり大ごとにしたくないみたいだから、その辺も含めて話しておいてほしい」
「頼まれた。……でも、どっちにしろ司はフロアに出るようだろ?」
「…………」
「あ……まさか、朝陽あたりに王子役押し付けて翠葉ちゃんとばっくれるつもりだった?」
「…………」
「おいおいマジかよ……ったく抜け目ないよなぁ。ま、そんなことはさせないけど」
 優太はひとりで話を進め、
「翠葉ちゃんがヤキモキせずに済む相手で、司と同等レベル踊れる相手っていったら桃ちゃんかダンス部部長の静音嬢くらい? 桃ちゃんと司だと険悪ムード丸出しになりそうだから、スマートに踊ってくれそうな静音嬢のほうが無難かなぁ……。あ、風間発見。静音嬢の打診、仲介してもらってくるわ」
 優太は赤組の観覧席へ向かって走りだした。

 タキシードに着替えてテラスへ出ると、緊張した面持ちで向き合っている男女やハチマキの交換をしている人間たちもいる。
 そんな姿を見るのは初めてじゃない。でも、今までなら無関心に通り過ぎるだけで、何を思うでもなかった。今は――。
 みんな、どんな言葉で気持ちを伝えるのだろう。
「好き」という言葉を口にするのに抵抗のある人間はいないものだろうか。
 俺は未だ「好き」という言葉を口にできていない。
 翠にその言葉を求められたことはないけれど、翠がそのことに対して何を思うこともないのかは不明。
 でも、できればまだそのことに触れずにいてほしい。
 もう少し、待ってほしい。
 ……もう少し、待って――?
 どこかで聞いたようなフレーズに立ち止まる。
 思い出すのに時間などかからない。それは翠が幾度となく口にした言葉。
 ふと思う。
「好き」とも言えない俺が、翠を望むのはまだ早いのではないか、と。
 とても自分に都合のいい要求をしているのではないか、と。
 翠を求める気持ちばかりが加速するけれど、実際、俺はそんなことを望める位置には立っていないのではないか……。
「……だとしたら、いつになったら求められるようになるんだよ」
 まるで「好き」と言える気がしない自分に嫌気が差す。
 衝動のままに翠を求め得られたら、その勢いで「好き」と言えそうなものだけど、それはどう考えも順序が逆な気がする。
 そんなことを考えながら、夕方の風を左頬に受けてテラスを通り抜けた。
< 1,094 / 1,333 >

この作品をシェア

pagetop