光のもとでⅡ
桜林館の入り口には朝陽たちが待機していた。
飛竜に声をかけられ用意されていた椅子に翠を座らせると、風が吹いた瞬間に翠が肩を震わせた。
十月下旬の夕方に、肩を出すドレスでは寒さも感じるだろう。
自分の着ていたジャケットを翠にかけると、
「ありがとう。ツカサは寒くない?」
心配そうな顔がこちらを向く。
「翠みたいに肌を露出する格好じゃない」
ドレスは似合っていると思うし、ずっと見ていたいと思うくらいにはきれいだ。
でも、この姿を大多数の人間に見せるのは抵抗がある。
華奢な肩や鎖骨がしっかりと出るデザインのため、バストアップの翠を見ると、うっかり裸を連想しそうになる。
そういう意味では厄介極まりない姿と言える。
果たして、会場にいる男の何割が俺と同じ思考をたどることか……。
それならこのドレスを却下すればいいという話だが、静さんからの贈り物として見せられたドレスはどれも肩を出すデザインで、違うデザインにする余地がなかったのだ。
はぁ……静さんに盛大なるクレームを申し立てたい……。
そんなことをうだうだ考えていると、朝陽から声をかけられた。
「ちょうどいい頃合。おふたりさん、準備はいい?」
翠に返されたジャケットを羽織ったところで漣がマイクをONにする。
「Ladies and gentlemen! ただいまより後夜祭を開催いたします。こちら中央階段より姫と王子のご入場です! 拍手でお迎えください」
翠をエスコートしてゆっくりと階段へ向かう。
翠は優雅に歩くが数メートル先の階段を視界に認めると、ゴクと喉を上下させた。
おそらく、身構える程度には痛みがあるのだろう。
踊る以前に、この階段を下りられるのか……?
不安を覚え、エスコートの形を変える。
翠の右手を自分の右手に移すと、左手を翠の腰へ回した。
「体重かけてかまわないから」
「ありがとう……」
そう言ったくせに、まったくと言っていいほどに左手には体重がかからない。
この意地っ張りが……。
呆れ混じりに視線を前方へ移すと、正面の観覧席にクラスメイトの女子がいた。
どうやら、翠が提示したペナルティは履行されているらしい。
「翠、正面観覧席」
翠は「え?」と視線を前へ移す。
おそらく、女子の人数に何を言いたいのかは理解しただろう。
「悪い、うちのクラスの女子だった」
「そうだったのね……。じゃ、仕方ないかも……」
その言葉に疑問を持つ。
「どういうこと?」
「だって、ツカサと同じクラスなのよ?」
それ、全然ヒントになってないんだけど……。
「同じ学年で同じクラスなら、紫苑祭のワルツ競技でツカサとペアになれる可能性だってあるでしょう?」
可能性はゼロではないけど、俺がワルツに出れば、という話であって、今回においては限りなくゼロに近い。
「ツカサは中等部の紫苑祭でもワルツ競技に出ていたのでしょう? そして、高校一年でもワルツ競技の代表だった。だとしたら、三年次もワルツに出ると思う人が大半なんじゃないかな? その中にはツカサとワルツを踊りたいがために勉強をがんばってA組入りした人だっているかもしれない。なのに、いざ蓋を開けたらツカサはワルツのメンバーじゃないし、後夜祭では私と踊るし、がんばったことが何ひとつ報われない。ご褒美が何もなくなっちゃって、ちょっとやさぐれちゃったのかも?」
俺には思いつきもしない持論を展開されたわけだけど、
「だからといって、人に怪我を負わせていいことにはならない。そのあたりの良し悪しは判断できて当然の年齢だと思うけど?」
「それは認める」
そう言って翠は苦笑した。
もっとも、そんなご都合主義な考えのもとに、好きな女へ危害を加えられるだなんてたまったもんじゃない。どうしてそんな理不尽な考えを理解できてしまうのか、俺にはさっぱりわからない。
翠がどんな顔をしているのかうかがい見ると、足元を見て歩いているどころか宙に視線を漂わせていた。
何を考えているのかは気になるところだが、
「翠、あと三段で階段が終わる」
翠ははっとしたように視線を足元へ移した。
飛竜に声をかけられ用意されていた椅子に翠を座らせると、風が吹いた瞬間に翠が肩を震わせた。
十月下旬の夕方に、肩を出すドレスでは寒さも感じるだろう。
自分の着ていたジャケットを翠にかけると、
「ありがとう。ツカサは寒くない?」
心配そうな顔がこちらを向く。
「翠みたいに肌を露出する格好じゃない」
ドレスは似合っていると思うし、ずっと見ていたいと思うくらいにはきれいだ。
でも、この姿を大多数の人間に見せるのは抵抗がある。
華奢な肩や鎖骨がしっかりと出るデザインのため、バストアップの翠を見ると、うっかり裸を連想しそうになる。
そういう意味では厄介極まりない姿と言える。
果たして、会場にいる男の何割が俺と同じ思考をたどることか……。
それならこのドレスを却下すればいいという話だが、静さんからの贈り物として見せられたドレスはどれも肩を出すデザインで、違うデザインにする余地がなかったのだ。
はぁ……静さんに盛大なるクレームを申し立てたい……。
そんなことをうだうだ考えていると、朝陽から声をかけられた。
「ちょうどいい頃合。おふたりさん、準備はいい?」
翠に返されたジャケットを羽織ったところで漣がマイクをONにする。
「Ladies and gentlemen! ただいまより後夜祭を開催いたします。こちら中央階段より姫と王子のご入場です! 拍手でお迎えください」
翠をエスコートしてゆっくりと階段へ向かう。
翠は優雅に歩くが数メートル先の階段を視界に認めると、ゴクと喉を上下させた。
おそらく、身構える程度には痛みがあるのだろう。
踊る以前に、この階段を下りられるのか……?
不安を覚え、エスコートの形を変える。
翠の右手を自分の右手に移すと、左手を翠の腰へ回した。
「体重かけてかまわないから」
「ありがとう……」
そう言ったくせに、まったくと言っていいほどに左手には体重がかからない。
この意地っ張りが……。
呆れ混じりに視線を前方へ移すと、正面の観覧席にクラスメイトの女子がいた。
どうやら、翠が提示したペナルティは履行されているらしい。
「翠、正面観覧席」
翠は「え?」と視線を前へ移す。
おそらく、女子の人数に何を言いたいのかは理解しただろう。
「悪い、うちのクラスの女子だった」
「そうだったのね……。じゃ、仕方ないかも……」
その言葉に疑問を持つ。
「どういうこと?」
「だって、ツカサと同じクラスなのよ?」
それ、全然ヒントになってないんだけど……。
「同じ学年で同じクラスなら、紫苑祭のワルツ競技でツカサとペアになれる可能性だってあるでしょう?」
可能性はゼロではないけど、俺がワルツに出れば、という話であって、今回においては限りなくゼロに近い。
「ツカサは中等部の紫苑祭でもワルツ競技に出ていたのでしょう? そして、高校一年でもワルツ競技の代表だった。だとしたら、三年次もワルツに出ると思う人が大半なんじゃないかな? その中にはツカサとワルツを踊りたいがために勉強をがんばってA組入りした人だっているかもしれない。なのに、いざ蓋を開けたらツカサはワルツのメンバーじゃないし、後夜祭では私と踊るし、がんばったことが何ひとつ報われない。ご褒美が何もなくなっちゃって、ちょっとやさぐれちゃったのかも?」
俺には思いつきもしない持論を展開されたわけだけど、
「だからといって、人に怪我を負わせていいことにはならない。そのあたりの良し悪しは判断できて当然の年齢だと思うけど?」
「それは認める」
そう言って翠は苦笑した。
もっとも、そんなご都合主義な考えのもとに、好きな女へ危害を加えられるだなんてたまったもんじゃない。どうしてそんな理不尽な考えを理解できてしまうのか、俺にはさっぱりわからない。
翠がどんな顔をしているのかうかがい見ると、足元を見て歩いているどころか宙に視線を漂わせていた。
何を考えているのかは気になるところだが、
「翠、あと三段で階段が終わる」
翠ははっとしたように視線を足元へ移した。