光のもとでⅡ
 着替えを済ませて中央階段を上がると、五分と経たずに翠が図書棟から出てきた。一緒にいる男は風紀委員だろう。
「あぁ、俺必要なさげだね。先輩がいるなら先輩が運んでくれるでしょ。先、打ち上げ行ってる!」
 そう言うと、風紀委員は走り去っていった。
 俺は先ほどの仕返し、と言うがごとく、問答無用で翠を抱き上げる。と、
「ゆっくりだったら歩けるのに……」
 文句じみた物言いに、
「まだ怪我の程度も見せてもらってない。それに、さっきよりは痛そうな顔をしてる」
 それでもまだ何か言うか?
 そんな目で翠を見ると、翠は苦笑を漏らし俺の首へ腕を回した。
 心配だからこその行動ではあったが、今日何度目かの翠の動作に、俺は間違いなく心を満たされていた。

 着替えが終わって出てきた翠を見て驚く。
 テーピングされた右足はだいぶ腫れていた。
 こんな足でダンスを踊っていたのか? 階段の上り下りをしていたのか?
 無理をしたからここまで腫れてしまったのか、もとからこの状態だったのか。
 わかることといえば、こんな足でダンスを踊っていいわけがなかったことくらい。
「……聞いてないんだけど」
「え、何、が……?」
「足の怪我、そんなにひどいものだったとは聞いてないんだけど? しかも、右手首も怪我してたなんて初耳だけど?」
 どんなに笑顔を作ろうとしても無理がある。顔中が引きつる感覚を自覚しながら、
「停学措置ですら軽いだろっ!?」
 翠に怒鳴っても意味はない。わかっていても怒りを抑えきれなかった。
 今すぐにでも確定処分を取り下げ、当初の処分を下してほしいと思う。しかし翠は、
「もう謝罪は受けたしこの話は終わりにしようっ?」
「謝罪を受けたら怪我が治るとでも?」
「まさか……」
「この先しばらく右足を庇う生活になるだろうし、いつもなら二十分かからない距離を三十分近くかけて登校する羽目になることが、翠にとってはそんなに軽いことなのか?」
 翠はびっくりした表情で押し黙る。
 第一、
「その手でピアノ弾けるの? その手で毎日板書できるの?」
 翠は言葉に詰まっていたが、何度か呼吸することで体勢を立て直し、
「大丈夫。ゆっくり行動することや、前もって行動するのは割と得意だから。板書が間に合わなければ友達に見せてもらうなりコピーしてもらうなりする。ピアノは――先生に診てもらってから考える」
「俺は納得できない」
「……ツカサは関係ないでしょう?」
「っ……――翠が突き落とされた理由に俺が絡んでいたはずだけど?」
「そうだけど――。でも、直接ツカサが絡んでいるわけじゃない、私は、私に嫉妬した人に突き落とされたの。実質被害を被ったのも当事者なのも私だよ? ツカサが許す許さないって話じゃないでしょう?」
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