光のもとでⅡ
 ピアノから弦楽器、木管や金管、打楽器まで取り扱い、それらのメンテナンスも手がけている。
 ヴァイオリンにいたっては本場ドイツのマイスター資格保持者にしてドイツ工房の所長を務めたことのある職人を抱えている。
 ほかにもスタジオやジャズ喫茶の経営も行っていて、倉敷芸術大学音楽学部の楽器のメンテナンスを一手に引き受けているのも仙波楽器。これが「天下の」ではなくてなんなのだ。
 かくいううちのピアノも仙波楽器で購入したものだし、半年に一度の調律は仙波楽器にお願いしている。
 御曹司やご令嬢なら学校で見慣れてはいるけれど、ここにも御曹司が……。
「……知らなかったです」
「……えぇと、以後ご贔屓に?」
「すでにお世話になっています」
 そんな冗談めかした会話の末、先生の視線が私の足と手に移る。
 ロング丈のスカートだからさほど目立ちはしないけれど、じっくり見られれば話は別。
 しっかりばっちり腫れていることを確認されてしまう。そして、テーピングを施した右手に視線が移れば、
「病院へ行かれたんですよね? どのくらいで治るか訊きましたか?」
「手は筋を痛めてしまっただけなので、おそらくは一週間ほどで治るでしょう、って……」
 気まずくて視線を落とすと、先生は私の頭に手を置き、
「先日電話で注意しましたし、そんなにくどくど怒りはしません。ただ、今週いっぱい練習ができないのなら、来週のレッスンは意味がありません。次のレッスンはキャンセルしておくように。その分、再来週のレッスンは覚悟してもらいましょうか」
 どんな表情で言われているのだろう……。
 若干の予想はできつつ視線を上げると、先生は口端をきれいに上げてにこりと笑っていた。
 笑ってはいるけれど、その笑顔には恐怖しか覚えなかった。
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