光のもとでⅡ
「彼女、藤宮高校の生徒なんですよ」
 先生の一言に、倉敷くんはまたしても驚いて見せる。そこに畳み掛けるように先生が、
「で、この二ヶ月は学校のイベント準備でレッスンを休んでいたしだいです」
「だからかっ! そりゃ、二ヶ月も間が開けば指だって動かなくならぁっ! おまえ、本当に音大受験する気あんのっ!? 弓弦、どうにかなんのかよ、これっ」
「はぁ……まぁ、がんばりますけどね。いや、がんばってもらいますけど……。御園生さん、覚悟なさってくださいね?」
「はい……」
 声は必然と小さくなるし、肩身も狭くなる。
「ですが、さすがは川崎先生に三歳から習っていただけのことはあるんですよね。基礎はしっかりしているし勘もいい。吸収も早い。だいたいのことは言ったその場で直せるし、遅くとも翌週までにはものにしてくる。ですが、特筆すべきは色彩豊かな音色と表現力でしょうか」
「へぇ……。でも、音色と表現力だけじゃ技術面はカバーできねーよ?」
 もっともです……。
「協力は惜しみませんのでがんばりましょうね」
「はい……」

「ところで、極度のあがり症は治ったのかよ」
「えぇと……治ったわけではないです。今でも人前で弾くのや評価される場で弾くのは苦手です。でも、前に教えてもらったおまじないがあるので……」
「あぁ、あのときも効果覿面だったしな。むしろ、教えなきゃよかったぜ」
「まさか慧くんがそのおまじないを御園生さんに教えていたとは思わなかったので、さっき御園生さんから聞いてびっくりしました。響子が喜んでいるでしょうね」
 ……ん? なんだろう……。今の文章、何か変……。
 最後の言葉が妙に引っかかったのはどうして……?
 普通なら、「響子が喜んでいるでしょうね」ではなく、「響子に話したら喜ぶでしょうね」ではないだろうか。
 先生の言い方はまるで――。
 瞬時に、少し前に話してくれた先生の言葉が頭をよぎる。

 ――「いえ、身内に同じことを言う人間がいたもので」。

 い、た……?
 倉敷くんは私の奏でる音と響子さんの音が似ていると言った。先生は「僕には懐かしさを感じる音でもあって」と言った。
 先生の言葉はどうして過去形なの……?
 理由を考えれば考えるほどに、手先から温度が失われていく。
「翠葉? どうしたんだよ、急に深刻そうな顔して」
「えっ? あっ、なんでもないですっ――」
 なんでもないと言ったのに、私の目には早くも涙が滲んでいた。
 聞かなくても「答え」ははじき出されていて、でもそれを確認するのは怖いし、とても尋ねられる内容ではない。
 あの日、ピアノを教えてくれたお兄さんに再会できて、お姉さんにもいつか会えるかもしれないと思っていた矢先に知る内容としてはひどく重い事実で――。
「御園生さん……?」
「あ、いえっ、本当になんでもなくて――」
「いや、なんでもなかったら泣かないだろ?」
 倉敷くんは私のすぐ近くまでやってくる。
 でも、こんなの言えるわけない……。
「御園生さん、体調悪いですか? さっきの熱、どうなりました?」
 先生が携帯を気にしていたから、私はそれを手に取り確認する。
 熱は上がりも下がりもしていなかった。でも、この際具合が悪いことにしてしまえばいいのではないだろうか。
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