光のもとでⅡ
 翌週の月曜日、ミュージックルームで翠を待っていると、レッスン時間十分前にドアが開いた。
 翠がドアを閉めないのを不思議に思っていると、そのあとに唯さん、秋兄、御園生さんと続く。
「なんでその面子?」
「えぇと……夕飯の席で、今日からホームレッスンって話をしたらみんな見学したいって言い出して……。ツカサもいるしいいかな、って」
 これ、仙波さんが来たら驚かれるんじゃないか……?
 そう思っているところへ、コンシェルジュに案内された仙波さんがやってきた。
「こんばん……は?」
 語尾に疑問符がついても仕方ないと思う。
 仙波さんは入るべき部屋を間違えた人のように、次の一歩を踏み出せなくなっていた。
 しかし、男たちの中に翠の姿を見つけると表情を緩める。
「先生、いらっしゃい」
「こんばんは……えぇと、そちらの方々は? ……先日お会いした藤宮さんと司くん。それから――」
「このふたりは私の兄です」
「御園生蒼樹です。妹がいつもお世話になってます」
「同じく、唯芹です。これからもビシバシ鍛えてやってくださいね!」
 仙波さんは佇まいを直し、
「ピアノの講師をしております、仙波弓弦です」
 三人は軽く握手を交わした。
「大人数ですみません。みんなレッスンを見学したいって言うので……」
「僕はかまいませんが、御園生さんは大丈夫ですか?」
「兄たちは視界に入らない場所にいることを条件に連れてきたので大丈夫です」
 翠が指差した先、入り口脇には四つの椅子が並べられていた。
 四つ――つまり、俺もあっちに座れ、ということだろうか。
 仕方なしに席を立ち、秋兄たちについて壁際へ移動した。

 とても和やかな雰囲気でレッスンが始まったものの、レッスンの内容は割と厳しいものだった。
「そこのレガートはもっと滑らかに」
 翠が弾き直してもOKは出ない。
「もっと情感をこめて歌うように。――さっきよりはよくなりましたが……息継ぎがあるとしたらどこですか?」
「ここです」
「そうですね。じゃ、もっとそれを意識して弾いてください。――そのテヌートはもっと溜めて。そうです、もっとぬめっとした感じで。――拍子がずれました。拍子はきちんと意識して」
「ぐへ……結構スパルタ? 俺、習い事したことないからわかんないんだけど、ピアノのレッスンってこういうのが普通?」
「いや……普通のレッスンならここまで細かく指導はされないと思う。やっぱ、音大受験を踏まえてのレッスンって感じなんじゃないかな?」
 唯さんと秋兄の会話に御園生さんが口を挟む。
「でも、一番最初についた先生よりは優しいと思う」
「はっ!?」
「「唯、声が大きい」」
 ふたりに叱られた唯さんは肩を竦めた。
「なんていうか、だめだしと一緒に手が出ることもある先生だったらしくて、相当厳しかったみたいだよ。その先生と城井のおじいちゃんに勧められてコンクールに出たわけだけど、コンクールが終わったらピアノのレッスン行きたくないって言い出してさ。翠葉の話を聞いた結果、違うピアノ教室に通うことにしたくらい。それでも、三歳から小五まではがんばって通ってたなぁ……」
「なんで城井のおじいちゃんの勧め?」
「なんでもおじいちゃんの友人が主催する音楽コンクールってことで、無理に勧められたわけじゃないんだけど、翠葉は小さくても翠葉でさ。良かれと思って勧められたことや、人間関係が絡むものなんかは敏感に感じ取っちゃうんだよね。で、出ることになった」
「あぁ、納得……」
 そんな過去があったのか、と思いながら、仙波さんのレッスンを眺めていた。
 練習時には笑顔も見られたのに、今は表情を硬くしてレッスンに応じている。
 その様子からは、「必死さ」だけがひしひしと伝わってきた。
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