光のもとでⅡ
Side 司 05話
警護班にドラッグストアまで送ってもらい、建物を前に思う。照明が暗い、と。
うちの系列店でこんな照明を使っていようものなら、すぐさま指摘されて経営状況にチェックが入るに違いない。
しかし、照明以外はとくに問題はなく、店内はきれいにまとめられていた。
季節柄なのか、大掃除に関するものが目のつきやすい場所に平積みされており、吊り下げ式案内プレートが見やすく配置されていることから、すぐに目的とする売り場が見つかった。
売り場にあるコロンを片っ端から試香紙に拭きかけ確認していくと、あまりにもひどい香りに咽込むこと数回。
座り込んでいる俺に対し、翠は突っ立ったまま他人事のようにコロン売り場を眺めていた。
「翠が気に入るものを探しに来たんだけど」
「ご、ごめんなさいっ」
翠ははっとしたように近くのコロンを手に取った。
そうして三十分が経つころには、買い物かごの中にめぼしいコロンが四種類ピックアップされていた。
かごの近くに腰を下ろした翠が、
「ツカサはどれがいい?」
俺は候補に残ったコロンを見下ろし、ひとつひとつ香りを確認していく。
これはフローラル系。悪くはないが、甘い香りが常時香ってくるのは耐え難いかもしれない。
これはグリーンフローラル。ほかのものに比べたらほどよい香りの強さだが、どこかトイレの芳香剤を髣髴とさせる。
これはフルーティーフローラル。翠が看護師にもらったという香水に一番近いが、どうせプレゼントするなら系統の違うものをプレゼントしたい。
最後のこれは――
そこまで考え思い至る。
「そもそも、翠が気に入るコロンを探しに来たんだけど」
「……でも、プレゼントしてもらうなら、ツカサが好きだと思う香りをつけたい。それに、ここに残っているコロンはどれも好きよ?」
また、そういうかいわいいことを言う……。
いったい今日はあと何度、そのかわいい物言いに耐えなくてはいけないのか。
思いながら、最後のひとつを手に取った。
「これ……」
翠はコロンを受け取ると、
「ツカサ、奇遇ね? 私もこれが一番好き。ベビーパフパフって名前からすると、ベビーパウダーをイメージした香りなのかな? ベビーパウダーよりはシャボンとか石鹸よりのような気がするけれど、優しくてふんわりしていてかわいい香り」
翠の目じりは下がっており、本当に気に入っている香りであることがうかがえる。
そこで、自分の感想も述べることにした。
「清潔感があって好感が持てる。翠に似合うと思う」
翠の合意を得られたところでテスターを売り場へ戻し、ピンクの箱に入った販売品を手に取った。
「でも、指輪も香水もいただいているのにいいの?」
「これなら普段使いできるんだろ?」
「うん」
「ならかまわない。買ってくるから翠は車に戻ってて」
「ありがとう」
翠と別れてレジへ向かうと、妙に愛想のいい女店員に迎えられる。
「こちら、彼女さんへのプレゼントですか?」
不躾な質問に若干苛立ちを感じながら、
「そうだけど……」
「こちらの商品、ライン使いされる女の子が多いんですよ」
ライン使い……?
「ほかに、ハンドクリームとヘアミスト、ジェルフレグランスが売ってるんです。値段もそんなに高くないので、ご一緒にいかがですか?」
まさか一介のドラッグストア、しかもレジで営業されるとは思ってもみなかった。が、もたらされた情報は有意義なもの。
「それ、どこに……?」
「お持ちしますので、少々お待ちください」
店員は売り場を走って行き、すぐに三点を持って戻ってきた。
「一緒にいた子が彼女さんなら、ヘアミストは必見ですね! これからの季節ハンドクリームも捨てがたいです。あとこちらはジェルフレグランスといいまして、ボディミストやヘアミストのように周りに飛び散りませんので、シーンを選ばずお使いいただけます」
それぞれの値段を提示され、
「いかがなさいますか?」
「じゃ、全部お願いします」
「えっ、全部!?」
「何か?」
「いえっ、お買い上げありがとうございます! では、四点とも手提げ袋へお入れしますね」
店員は価格表示の部分をシールで隠すと、カウンターの下から白い無地の手提げ袋を取り出しそれに入れてくれた。
マンションに戻ってくると崎本さんに出迎えられ、カフェラウンジへ案内される。
一番奥の窓際へ案内されると、翠はテーブルに飾られたミニツリーとキャンドルに声をあげた。
「かわいい……ツカサが用意してくれた屋上のキャンドルもすっごくきれいだった! あれ、全部つけて回るの大変だったでしょう?」
「そんなこともない。並べたら端から順に点けていくだけだし。大変だったのは点けたあと」
「え? 点けたあと?」
きょとんとした顔がかわいい。
「風が吹いていただろ? 点けたそばから消える根性なしがいくつかあった」
何がおかしかったのか、翠はクスクスと笑う。
そこへ、高崎さんが飲み物を持ってやってきた。
「ふたりは未成年なので、食前酒の代わりにチェリーのシロップ漬けを炭酸水で割ったものをどうぞ」
そう言って差し出されたのは、薄いピンク色の液体。
見るからに甘そうだけど……。
口端が引きつるのを感じていると、
「司様、大丈夫ですよ。香りはしっかりとついていますが、甘味はさほど強くないので」
この人は、俺の甘いもの嫌いをよく知っている。なら信用できるか――
「ツカサ、一日早いけどメリークリスマス!」
翠に吊られてグラスを掲げ、
「メリークリスマス」
なじみない言葉を口にするのはなんだかとても、気恥ずかしさを感じた。
夕飯を済ませて十階へ戻ると、
「ツカサ、何か飲む?」
背後を歩く翠に声をかけられる。
俺はキッチンへ入り、吊り戸棚からミントティーを下ろした。すると、
「そうだね。イタリアンのあとはちょっとさっぱりしたお茶が飲みたいね」
翠は笑顔で茶葉を受け取り、電気ケトルに水を注ぎ始めた。
俺はカップの用意を済ませてリビングへ行き、さっき買ったばかりのアイテムをテーブルに並べる。
並べたものを見て少し戸惑う。
四つも買いすぎただろうか……。
でも、どうせプレゼントするなら喜んでもらいたいし、何か驚かせる要素も欲しかった。
気を紛らわせるため、翠のミュージックプレーヤーをオーディオにつなぐ。
と、五分と経たないうちに翠がやってきた。
翠は首を傾げてテーブルを見つめている。
「……ツカサ? 四つも何を買ってきたの?」
「同じ香りのヘアミストとハンドクリーム、ジェルフレグランスもあるってレジの人に勧められたから」
翠はクスリと笑みを漏らした。
今の、どこを笑われた……?
勧められたものを素直にすべて買ってきたところ? それとも、ひとつに留められず四つ買ったところ?
若干不安になった俺からは、言い訳のような言葉しか出てこない。
「翠はアルコールが入っているものは肌に直接つけられないだろ? だから、ヘアミストやハンドクリームでもいいのかと思って」
それでもやっぱり四つは引かれるか……?
悶々としていると、翠がヘアミストに手を伸ばした。
何度かトリガーを引くと、シュッとスプレーが髪に当たる。
翠はその香りを深く吸い込み、表情を和らげる。
「嬉しい……ありがとう」
たったの二言。けれど、それが何よりも嬉しく心に染みた。
それに、プレゼントした香りを身に纏ってもらえるのは思っていたよりも心を満たされるものらしい。
これからは、翠を抱きしめるたびにこの香りがするのだろうか。
そう思うと、いっそう心が満たされた。
うちの系列店でこんな照明を使っていようものなら、すぐさま指摘されて経営状況にチェックが入るに違いない。
しかし、照明以外はとくに問題はなく、店内はきれいにまとめられていた。
季節柄なのか、大掃除に関するものが目のつきやすい場所に平積みされており、吊り下げ式案内プレートが見やすく配置されていることから、すぐに目的とする売り場が見つかった。
売り場にあるコロンを片っ端から試香紙に拭きかけ確認していくと、あまりにもひどい香りに咽込むこと数回。
座り込んでいる俺に対し、翠は突っ立ったまま他人事のようにコロン売り場を眺めていた。
「翠が気に入るものを探しに来たんだけど」
「ご、ごめんなさいっ」
翠ははっとしたように近くのコロンを手に取った。
そうして三十分が経つころには、買い物かごの中にめぼしいコロンが四種類ピックアップされていた。
かごの近くに腰を下ろした翠が、
「ツカサはどれがいい?」
俺は候補に残ったコロンを見下ろし、ひとつひとつ香りを確認していく。
これはフローラル系。悪くはないが、甘い香りが常時香ってくるのは耐え難いかもしれない。
これはグリーンフローラル。ほかのものに比べたらほどよい香りの強さだが、どこかトイレの芳香剤を髣髴とさせる。
これはフルーティーフローラル。翠が看護師にもらったという香水に一番近いが、どうせプレゼントするなら系統の違うものをプレゼントしたい。
最後のこれは――
そこまで考え思い至る。
「そもそも、翠が気に入るコロンを探しに来たんだけど」
「……でも、プレゼントしてもらうなら、ツカサが好きだと思う香りをつけたい。それに、ここに残っているコロンはどれも好きよ?」
また、そういうかいわいいことを言う……。
いったい今日はあと何度、そのかわいい物言いに耐えなくてはいけないのか。
思いながら、最後のひとつを手に取った。
「これ……」
翠はコロンを受け取ると、
「ツカサ、奇遇ね? 私もこれが一番好き。ベビーパフパフって名前からすると、ベビーパウダーをイメージした香りなのかな? ベビーパウダーよりはシャボンとか石鹸よりのような気がするけれど、優しくてふんわりしていてかわいい香り」
翠の目じりは下がっており、本当に気に入っている香りであることがうかがえる。
そこで、自分の感想も述べることにした。
「清潔感があって好感が持てる。翠に似合うと思う」
翠の合意を得られたところでテスターを売り場へ戻し、ピンクの箱に入った販売品を手に取った。
「でも、指輪も香水もいただいているのにいいの?」
「これなら普段使いできるんだろ?」
「うん」
「ならかまわない。買ってくるから翠は車に戻ってて」
「ありがとう」
翠と別れてレジへ向かうと、妙に愛想のいい女店員に迎えられる。
「こちら、彼女さんへのプレゼントですか?」
不躾な質問に若干苛立ちを感じながら、
「そうだけど……」
「こちらの商品、ライン使いされる女の子が多いんですよ」
ライン使い……?
「ほかに、ハンドクリームとヘアミスト、ジェルフレグランスが売ってるんです。値段もそんなに高くないので、ご一緒にいかがですか?」
まさか一介のドラッグストア、しかもレジで営業されるとは思ってもみなかった。が、もたらされた情報は有意義なもの。
「それ、どこに……?」
「お持ちしますので、少々お待ちください」
店員は売り場を走って行き、すぐに三点を持って戻ってきた。
「一緒にいた子が彼女さんなら、ヘアミストは必見ですね! これからの季節ハンドクリームも捨てがたいです。あとこちらはジェルフレグランスといいまして、ボディミストやヘアミストのように周りに飛び散りませんので、シーンを選ばずお使いいただけます」
それぞれの値段を提示され、
「いかがなさいますか?」
「じゃ、全部お願いします」
「えっ、全部!?」
「何か?」
「いえっ、お買い上げありがとうございます! では、四点とも手提げ袋へお入れしますね」
店員は価格表示の部分をシールで隠すと、カウンターの下から白い無地の手提げ袋を取り出しそれに入れてくれた。
マンションに戻ってくると崎本さんに出迎えられ、カフェラウンジへ案内される。
一番奥の窓際へ案内されると、翠はテーブルに飾られたミニツリーとキャンドルに声をあげた。
「かわいい……ツカサが用意してくれた屋上のキャンドルもすっごくきれいだった! あれ、全部つけて回るの大変だったでしょう?」
「そんなこともない。並べたら端から順に点けていくだけだし。大変だったのは点けたあと」
「え? 点けたあと?」
きょとんとした顔がかわいい。
「風が吹いていただろ? 点けたそばから消える根性なしがいくつかあった」
何がおかしかったのか、翠はクスクスと笑う。
そこへ、高崎さんが飲み物を持ってやってきた。
「ふたりは未成年なので、食前酒の代わりにチェリーのシロップ漬けを炭酸水で割ったものをどうぞ」
そう言って差し出されたのは、薄いピンク色の液体。
見るからに甘そうだけど……。
口端が引きつるのを感じていると、
「司様、大丈夫ですよ。香りはしっかりとついていますが、甘味はさほど強くないので」
この人は、俺の甘いもの嫌いをよく知っている。なら信用できるか――
「ツカサ、一日早いけどメリークリスマス!」
翠に吊られてグラスを掲げ、
「メリークリスマス」
なじみない言葉を口にするのはなんだかとても、気恥ずかしさを感じた。
夕飯を済ませて十階へ戻ると、
「ツカサ、何か飲む?」
背後を歩く翠に声をかけられる。
俺はキッチンへ入り、吊り戸棚からミントティーを下ろした。すると、
「そうだね。イタリアンのあとはちょっとさっぱりしたお茶が飲みたいね」
翠は笑顔で茶葉を受け取り、電気ケトルに水を注ぎ始めた。
俺はカップの用意を済ませてリビングへ行き、さっき買ったばかりのアイテムをテーブルに並べる。
並べたものを見て少し戸惑う。
四つも買いすぎただろうか……。
でも、どうせプレゼントするなら喜んでもらいたいし、何か驚かせる要素も欲しかった。
気を紛らわせるため、翠のミュージックプレーヤーをオーディオにつなぐ。
と、五分と経たないうちに翠がやってきた。
翠は首を傾げてテーブルを見つめている。
「……ツカサ? 四つも何を買ってきたの?」
「同じ香りのヘアミストとハンドクリーム、ジェルフレグランスもあるってレジの人に勧められたから」
翠はクスリと笑みを漏らした。
今の、どこを笑われた……?
勧められたものを素直にすべて買ってきたところ? それとも、ひとつに留められず四つ買ったところ?
若干不安になった俺からは、言い訳のような言葉しか出てこない。
「翠はアルコールが入っているものは肌に直接つけられないだろ? だから、ヘアミストやハンドクリームでもいいのかと思って」
それでもやっぱり四つは引かれるか……?
悶々としていると、翠がヘアミストに手を伸ばした。
何度かトリガーを引くと、シュッとスプレーが髪に当たる。
翠はその香りを深く吸い込み、表情を和らげる。
「嬉しい……ありがとう」
たったの二言。けれど、それが何よりも嬉しく心に染みた。
それに、プレゼントした香りを身に纏ってもらえるのは思っていたよりも心を満たされるものらしい。
これからは、翠を抱きしめるたびにこの香りがするのだろうか。
そう思うと、いっそう心が満たされた。