光のもとでⅡ

嫉妬の解呪法 Side 司 01話

 やめるにやめられなくて繰り返しキスをしていると、翠の携帯が鳴り出した。
 また秋兄だったら殺す――
 そんな思いで翠を放し携帯を睨みつけると、着信音は早々に鳴り止んだ。
 翠は首を傾げながら、「メール……?」と携帯に手を伸ばす。
 そして、ディスプレイを見ると、すぐにかばんを引き寄せメモ帳を取り出した。
 いったい誰からなんのメールなのか。
 しばらく様子を見ていると、数式と化学式を解き始めた。
「なんで突然数学と化学?」
 翠は問題を解きながら、携帯のディスプレイを俺に向ける。
「鎌田くんからのヘルプメール。たまにね、こういうメールが届くの。――できた!」
 まるでパズルゲームでも解けたかの言動に笑みが漏れるが、メールの相手が鎌田というところがいただけない。
 以前、鎌田のメールをめぐって険悪なムードになったことがあるが、あれ以来、俺の前で鎌田からのメールを受信することはなく、存在自体をすっかり忘れていた。
 すでに玉砕したとはいえ、そこで想いを手放せる人間がどれほどいるというのか――
 現に秋兄は、未だに翠を諦められずにいるのだから。
 翠は写真つきのメールを送ると、一仕事終えたみたいな顔でメモ帳をしまい始めた。そしてしばらくすると、新たに携帯が鳴り出す。
 どうやら、今度はメールではなく電話らしい。
 翠は携帯を耳に当てると、先ほどとは違いにこにこしながら通話に応じた。
 その様子を見ながら、冷静とは言えない頭で分析を試みる。
 翠の気持ちは自分へ向いているとわかっているのに、どうして嫉妬する羽目になるのか――
 秋兄に対しては、「嫉妬」という感情からは少し離れた気がする。
 どちらかというと、危機感とか秋兄の能力に対するコンプレックス。それは昔からで、翠が絡む「嫉妬」が薄らいだのは、翠が繰り返し「好きなのはツカサ」と言い続けてくれたからかもしれない。
 じゃあ、鎌田と芸大の男は? ……こっちは完全に「恋愛」における「嫉妬」だ。
 翠の関心が向けられることに嫉妬する。
 でも、このふたり以外にだって翠の周りには男友達がいるわけで……。この差は何か。
 海斗や佐野、朝陽たちが翠に触れることには抵抗があるが、話しやメールをしている分にはなんの感情も抱かない。
 あいつらには特定の彼女がいるからか……? 否、それは何か違う気がする。じゃあ、海斗たちと鎌田では何が違うのか――
 翠を恋愛視しているかしていないか……?
 否、それを言うなら漣だって鎌田と同類だ。しかも、漣には彼女がいない。けれど、漣に嫉妬したことは一度もない。
 翠がまったく相手にしていなかったから、というのもあるかもしれないが、ほかに理由はないものか……。
 うちの学校の人間と鎌田たちの差――
 ……その人間がどういう人間なのかを知っているか知らないか……?
 それなら納得できる気がする。
 もしこれが問題点ならば、対象者と接点を持ち、相手を知ることでこの感情に片がつくはず。試す価値はある――
 気づけば俺は翠から携帯を取り上げていた。
「ツカサっ……!?」
「藤宮だけど」
『えっ、藤宮くんっ!?』
「これから俺のメアドと電話番号を送るから、次からは俺に訊いてこい」
『えっ!? どういうことっ!?』
「翠はこれから受験に備えて忙しくなる。その点、俺ならもう受験も終わっているし、答えられない問題があるとも思えない」
『でも俺、あまり物分りよくないよ? 御園生は教えるのがうまいからつい頼っちゃうんだけど……』
「その点は善処する」
 一方的に通話を切り、鎌田のメールにアドレスと電話番号を返信する。
 その間中、翠の視線が張り付いていて、非常に居心地が悪かった。
 さすがに何も言わないわけにはいかないだろう。
 携帯を返すついでに潔く感情を吐露する。
「嫉妬くらいするって前にも言ったと思うんだけど」
 翠は目を見開いた次の瞬間には苦しそうに顔を歪めた。
「翠……?」
「嫉妬……苦しい?」
 以前俺が嫉妬したときは「嬉しい」と言ったくせに、この変わりようはなんなのか――
 疑問に思いながら、
「苦しくはない。ただ、面白くないだけ。でも、だからといって翠の交友関係を制限するようなことはできないし、自分が知ってる人間たちにおいては嫉妬したことがないから――だから、できるだけ翠の交友関係には詳しくありたいと思う。たぶん、鎌田に関しても、鎌田がどんな人間で、どういうつもりで翠と接しているのかさえわかれば嫉妬はしなくなると思う」
 翠は驚いた顔に少しの笑みを浮かべた。
「あのね、私も嫉妬する……」
 は……? 誰に?
 翠は言いづらそうに言葉を続ける。
「ツカサはまだ大学生じゃないし、話の合う女子が現れたわけでもないのに、未来にそういう人が現れたら……って考えるだけで涙が出てくるほど苦しかった。ツカサが自分以外の人を視界に入れることがこんなに苦しいことだとは思わなかった。前に、嫉妬されて嬉しいなんて言ってごめんなさい」
 翠は律儀に頭を下げて謝る。
「……あのさ、わかってると思うけど、そんな人間は存在すらしていないんだけど……」
「うん、わかってる……。だから、想像するだけでも嫉妬って地獄だなって思ったっていうお話」
 なんだこれ……。
 じわじわと心に侵食してくるものがある。たぶん、この感情は「嬉しい」だと思う。
 こんなふうに思われるほど、翠に想われていることを間接的に実感した感じ。
 俺は感情のままに翠を抱き寄せた。
「ちょっとわかったかも……」
「え……?」
「嫉妬されて嬉しいなんて気持ち、絶対わからないと思ってたけど、これは確かに嬉しいかもしれない。でも、そんな心配は無用だけど」
 すると翠の腕が背に回され、ぎゅっと抱きつかれた。
 愛しくて愛しくてたまらない。こんな気持ちどうしたら全部伝わるんだ……。
 そう思えばやっぱり抱きたいという思いにたどり着くわけで……。
 邪なことを考えていると、
「じゃ、今度慧くんも紹介しないとね」
 あぁ、芸大の男……。
「それ、紹介するときは彼氏じゃなくてフィアンセでよろしく」
 図々しいお願いをすると、翠はクスリと笑って了承してくれた。
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