光のもとでⅡ
笑った顔が見たくて Side 司 03話
一、二年メンバーが揃うと手提げ袋に用意されていた色紙と花束を渡された。一、二年と三年が言葉を交わす中、翠は端っこにいて、それらに加わっているふうではない。少しずつ後退し始めたと思えば、カメラのセッティングに行ってしまった。
なんか避けられた気分……。
そんな翠を目で追っていると、
「ちょっとフジミヤセンパイっ!? かわいい後輩がわざわざ贈る言葉なんざ用意してきたっていうのに、どこ見てるのよっ!?」
目を吊り上げた簾条は俺の視線を追ってはため息をつく。
「ちょっとあの子どうにかしてあげてよね? 式の間からずっと泣きっぱなしなんだから。目が腫れるを通り越して顔が腫れちゃいそうだし、そろそろ本格的に干からびるわよ?」
「……訊きたいんだけど、なんで泣く必要がある? さっぱり理解できないんだけど……」
簾条は腕を組み下から俺を睨み上げ、
「これだからフジミヤセンパイはっっっ。ほんっと、女心のわからない男ねっ!? 好きな人が先に卒業したらそれだけで寂しいでしょっ!? そんなこともわからないのっ!?」
「あぁ、わからないな。たかだか先に卒業するだけで会えなくなるわけじゃないし、学校で会えないならそれ以外で会えばいいだけだろ?」
「……そういうの、翠葉にちゃんと言ってあげてる?」
「は? 言うまでもないだろ?」
「あんたのそういうとこ、なんとかしなさいよっっっ!」
そう言うと、簾条は俺を斬り捨てるようにしてほかのメンバーのもとへ挨拶に行った。
翠のことを気にしながらほかのメンバーと挨拶を交わしていると、飛翔がひとり場を離れ翠の方へと歩いていく。
その姿を目で追っていると、
「そんな怖い目で見なくったって大丈夫だよ。飛翔はさ、翠葉ちゃんを呼びに行ってくれたんじゃない?」
朝陽の言葉に飛翔のあとは追わずその場に留まる。と、確かに、飛翔は翠を呼びに行っただけのようだ。
しかも、翠のことを「先輩」などと呼ぶものだから、翠が変に怯えているというか驚いているというか……。
「飛翔の態度もだいぶ軟化してきたな。でも、『先輩』って呼ぶにはやっぱりそれなりのきっかけが必要だったんだろうね」
朝陽の見解に、なるほど、と思う。
でも、態度が少し軟化したところで飛翔は飛翔でしかなく、言葉も態度も乱暴だ。しかし、翠がそれに食らいついているところを見ると、飛翔という人間にだいぶ慣れてきたのかもしれない。
そんな翠を飛翔は非常に面倒くさそうな面持ちで応対し、翠の腕を掴んで引き上げると、俺たちの方へと押しやった。その反動で翠は数歩歩みを進め、俺たちの前で立ち尽くす。
「翠葉、二年間ありがと!」
嵐が翠を抱きしめると、翠は同じように抱き返し、同様の言葉を述べた。
「本当に、お世話になりっぱなしで何も返せてないのにもう卒業だなんて――」
そう言ってはまた涙を流す。
「あー……また泣いちゃったよ」
優太の言葉に反射的に翠は謝る。
去年の卒業式でも泣いてはいたけど、ここまでひどくはなかったと思う。
この差はいったいなんなのか――
無暗にすれ違うのだけは徹底して避けたくて、早く翠と話し合いたい。けれど、何をきっかけに翠が泣き出すのかもわからないうえ、翠と話そうとしている人間がほかにもいる場ではなかなか話すタイミングが掴めずにいた。
今は優太と対面して話している。
「翠葉ちゃん、俺は会計でかなりお世話になった口だよ?」
「そんなことっ――」
「あるでしょ? 一昨年の紅葉祭も、去年の紫苑祭も、俺と司は翠葉ちゃんがいてくれたから、会計以外の仕事を引き受けることができたんだ。翠葉ちゃんはあと一年大変だと思うけど、飛翔をこき使って乗り切ってね!」
その言葉に、今年も翠が姫に選ばれようと、俺はもうなんの防御も手助けもしてやれないんだな、などと思う。
そんなことなら去年の時点でわかっていたことなのに、どうして今さら改めて思うのか――
「二年間ありがとう」
そう言った朝陽に、
「こちらこそ、たくさんお世話になりました」
翠は丁寧に頭を下げる。
「うん。でも、これからもよろしくね?」
「え……?」
「俺たち、嵐子ちゃん以外はみんなここの大学へ持ち上がりだし、俺に関して言えば、フェンシング部の後輩指導に招かれてる。だから、これからも校内で会うことがあると思う」
朝陽はインハイへ行くほどではないにしても、県内ランキングは上位だ。そこからすると後輩指導に呼ばれてもおかしくはない。
ただ、自分と同じ境遇であることをこんな場で知る程度には、相変わらず互いのことはあまり話していないな、と思う。
今まではクラスが離れようと生徒会で関わることがあったが、大学へ行けば環境は変わる。長年腐れ縁だった朝陽やケンとの関係も、そろそろ疎遠になるころだろうか。
そんなことを考えている前で、ふたりの会話はまだ続いていた。
「ね? 翠葉ちゃんが高校を卒業するまでは、会う機会が結構あると思わない?」
にっこりと笑った朝陽につられるようにして、翠も笑みを浮かべた。
「校内で会えるの、楽しみにしています!」
「うん。じゃ、最後――」
そう言って伸びてきた手に引っ張られ、引き寄せられる形で翠の前に立つ。と、俺が何を言う前に翠は泣き出した。
ちょっと待て――
俺、まだいやみも言ってないし、何もしてないんだけど……。
さらには、翠が泣いていると抱き寄せてキスをしたくなるから困る。
俺は深く息を吸い込むと、心して口を開いた。
「なんでそんなに泣く必要がある? たかだか高等部を卒業するだけだろ?」
翠はそれまで以上に涙を流し、言葉を発せる状況ではなくなっていた。
……地雷を踏んだだろうか……。
親指で翠の涙を拭いつつ、さっき簾条に言われたことを思い出す。確か――
「学校で会えないなら学校外で会えばいい。それだけのことだろ?」
これを言えばいいようなことを言われた気がするけれど、果たしてそれは正解なのか、不正解なのか――
翠の反応を待つも、返答は得られない。その代わり、表情が物語っている気がした。
これは不安げな表情? 否、不満げ……?
表情だけでわかるか、阿呆っ――
「何かあるなら言葉にして欲しいんだけど」
ストレートに伝えると、不意に脇に衝撃を得た。
どうやら嵐に突き飛ばされたらしい。
「わかってないなぁ……。学校で、しかも制服姿で会えるのは今日が最後なんだよっ!? そこんとこ理解してあげなよ」
制服、ねぇ……。
全然ピンとこないんだけど……。
「そうそう。だからこそ毎年、卒業式のあとは校内で記念撮影ができるようにって、午後三時まではすべての教室が開放されてる」
それは行事として認知はしているが、校内で写真撮ってどうしたいわけ……?
俺には理解できない行動理念であることに変わりはない。
でも、大多数の人間がそう考えるものならば――
「翠もそれ、やりたいの?」
なんとなしにたずねると、翠は小さくコクリと頷いた。
「わかった。じゃ、あとで校内散歩ね」
そのときに泣いていた理由をもう少し掘り下げて聞ければいい。
そんなふうに思っていると、口をポカンと開けて驚いたふうの翠が、
「本当に……? 写真、撮らせてくれるの?」
「翠の写真も撮らせてくれるなら?」
条件反射で口にした言葉だった。すると海斗が、
「司さぁ、今日くらいは交換条件なしにしてやれよ」
そうは言われても、翠と同じことをしなければ翠の気持ちは理解できないかもしれなくて――
もちろん、翠と同じ行動をとったところで翠の気持ちがわかる保証はないわけだけど……。
「ほらほら、話もまとまったところで、とりあえずは記念撮影しませんかね?」
漣の言葉に翠はカメラへと走っていった。
カメラの設定はすぐに済み、
「誰かひとりでも笑ったら、シャッターが落ちるようになっています」
そう言って戻ってきた。
周りは三年を中心に並び始めていて、
「翠葉はここ」
海斗に腕を引っ張られ、翠は俺の隣に立った。その瞬間にさえ涙を零すから、
「翠」
名前を呼びこちらを向かせ、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭き取ってやる。と、次の瞬間にはシャッターがパシャパシャと切られ始めた。
あぁ、俺たちのやり取り見て笑われたのか?
笑われても何されても、翠の涙が気になって仕方がない。
また涙が零れるんじゃないか、そう思ったとき、
「ほら、翠葉も前向いて!」
嵐の声に、翠は唇を引き結び前を向いた。
なんか避けられた気分……。
そんな翠を目で追っていると、
「ちょっとフジミヤセンパイっ!? かわいい後輩がわざわざ贈る言葉なんざ用意してきたっていうのに、どこ見てるのよっ!?」
目を吊り上げた簾条は俺の視線を追ってはため息をつく。
「ちょっとあの子どうにかしてあげてよね? 式の間からずっと泣きっぱなしなんだから。目が腫れるを通り越して顔が腫れちゃいそうだし、そろそろ本格的に干からびるわよ?」
「……訊きたいんだけど、なんで泣く必要がある? さっぱり理解できないんだけど……」
簾条は腕を組み下から俺を睨み上げ、
「これだからフジミヤセンパイはっっっ。ほんっと、女心のわからない男ねっ!? 好きな人が先に卒業したらそれだけで寂しいでしょっ!? そんなこともわからないのっ!?」
「あぁ、わからないな。たかだか先に卒業するだけで会えなくなるわけじゃないし、学校で会えないならそれ以外で会えばいいだけだろ?」
「……そういうの、翠葉にちゃんと言ってあげてる?」
「は? 言うまでもないだろ?」
「あんたのそういうとこ、なんとかしなさいよっっっ!」
そう言うと、簾条は俺を斬り捨てるようにしてほかのメンバーのもとへ挨拶に行った。
翠のことを気にしながらほかのメンバーと挨拶を交わしていると、飛翔がひとり場を離れ翠の方へと歩いていく。
その姿を目で追っていると、
「そんな怖い目で見なくったって大丈夫だよ。飛翔はさ、翠葉ちゃんを呼びに行ってくれたんじゃない?」
朝陽の言葉に飛翔のあとは追わずその場に留まる。と、確かに、飛翔は翠を呼びに行っただけのようだ。
しかも、翠のことを「先輩」などと呼ぶものだから、翠が変に怯えているというか驚いているというか……。
「飛翔の態度もだいぶ軟化してきたな。でも、『先輩』って呼ぶにはやっぱりそれなりのきっかけが必要だったんだろうね」
朝陽の見解に、なるほど、と思う。
でも、態度が少し軟化したところで飛翔は飛翔でしかなく、言葉も態度も乱暴だ。しかし、翠がそれに食らいついているところを見ると、飛翔という人間にだいぶ慣れてきたのかもしれない。
そんな翠を飛翔は非常に面倒くさそうな面持ちで応対し、翠の腕を掴んで引き上げると、俺たちの方へと押しやった。その反動で翠は数歩歩みを進め、俺たちの前で立ち尽くす。
「翠葉、二年間ありがと!」
嵐が翠を抱きしめると、翠は同じように抱き返し、同様の言葉を述べた。
「本当に、お世話になりっぱなしで何も返せてないのにもう卒業だなんて――」
そう言ってはまた涙を流す。
「あー……また泣いちゃったよ」
優太の言葉に反射的に翠は謝る。
去年の卒業式でも泣いてはいたけど、ここまでひどくはなかったと思う。
この差はいったいなんなのか――
無暗にすれ違うのだけは徹底して避けたくて、早く翠と話し合いたい。けれど、何をきっかけに翠が泣き出すのかもわからないうえ、翠と話そうとしている人間がほかにもいる場ではなかなか話すタイミングが掴めずにいた。
今は優太と対面して話している。
「翠葉ちゃん、俺は会計でかなりお世話になった口だよ?」
「そんなことっ――」
「あるでしょ? 一昨年の紅葉祭も、去年の紫苑祭も、俺と司は翠葉ちゃんがいてくれたから、会計以外の仕事を引き受けることができたんだ。翠葉ちゃんはあと一年大変だと思うけど、飛翔をこき使って乗り切ってね!」
その言葉に、今年も翠が姫に選ばれようと、俺はもうなんの防御も手助けもしてやれないんだな、などと思う。
そんなことなら去年の時点でわかっていたことなのに、どうして今さら改めて思うのか――
「二年間ありがとう」
そう言った朝陽に、
「こちらこそ、たくさんお世話になりました」
翠は丁寧に頭を下げる。
「うん。でも、これからもよろしくね?」
「え……?」
「俺たち、嵐子ちゃん以外はみんなここの大学へ持ち上がりだし、俺に関して言えば、フェンシング部の後輩指導に招かれてる。だから、これからも校内で会うことがあると思う」
朝陽はインハイへ行くほどではないにしても、県内ランキングは上位だ。そこからすると後輩指導に呼ばれてもおかしくはない。
ただ、自分と同じ境遇であることをこんな場で知る程度には、相変わらず互いのことはあまり話していないな、と思う。
今まではクラスが離れようと生徒会で関わることがあったが、大学へ行けば環境は変わる。長年腐れ縁だった朝陽やケンとの関係も、そろそろ疎遠になるころだろうか。
そんなことを考えている前で、ふたりの会話はまだ続いていた。
「ね? 翠葉ちゃんが高校を卒業するまでは、会う機会が結構あると思わない?」
にっこりと笑った朝陽につられるようにして、翠も笑みを浮かべた。
「校内で会えるの、楽しみにしています!」
「うん。じゃ、最後――」
そう言って伸びてきた手に引っ張られ、引き寄せられる形で翠の前に立つ。と、俺が何を言う前に翠は泣き出した。
ちょっと待て――
俺、まだいやみも言ってないし、何もしてないんだけど……。
さらには、翠が泣いていると抱き寄せてキスをしたくなるから困る。
俺は深く息を吸い込むと、心して口を開いた。
「なんでそんなに泣く必要がある? たかだか高等部を卒業するだけだろ?」
翠はそれまで以上に涙を流し、言葉を発せる状況ではなくなっていた。
……地雷を踏んだだろうか……。
親指で翠の涙を拭いつつ、さっき簾条に言われたことを思い出す。確か――
「学校で会えないなら学校外で会えばいい。それだけのことだろ?」
これを言えばいいようなことを言われた気がするけれど、果たしてそれは正解なのか、不正解なのか――
翠の反応を待つも、返答は得られない。その代わり、表情が物語っている気がした。
これは不安げな表情? 否、不満げ……?
表情だけでわかるか、阿呆っ――
「何かあるなら言葉にして欲しいんだけど」
ストレートに伝えると、不意に脇に衝撃を得た。
どうやら嵐に突き飛ばされたらしい。
「わかってないなぁ……。学校で、しかも制服姿で会えるのは今日が最後なんだよっ!? そこんとこ理解してあげなよ」
制服、ねぇ……。
全然ピンとこないんだけど……。
「そうそう。だからこそ毎年、卒業式のあとは校内で記念撮影ができるようにって、午後三時まではすべての教室が開放されてる」
それは行事として認知はしているが、校内で写真撮ってどうしたいわけ……?
俺には理解できない行動理念であることに変わりはない。
でも、大多数の人間がそう考えるものならば――
「翠もそれ、やりたいの?」
なんとなしにたずねると、翠は小さくコクリと頷いた。
「わかった。じゃ、あとで校内散歩ね」
そのときに泣いていた理由をもう少し掘り下げて聞ければいい。
そんなふうに思っていると、口をポカンと開けて驚いたふうの翠が、
「本当に……? 写真、撮らせてくれるの?」
「翠の写真も撮らせてくれるなら?」
条件反射で口にした言葉だった。すると海斗が、
「司さぁ、今日くらいは交換条件なしにしてやれよ」
そうは言われても、翠と同じことをしなければ翠の気持ちは理解できないかもしれなくて――
もちろん、翠と同じ行動をとったところで翠の気持ちがわかる保証はないわけだけど……。
「ほらほら、話もまとまったところで、とりあえずは記念撮影しませんかね?」
漣の言葉に翠はカメラへと走っていった。
カメラの設定はすぐに済み、
「誰かひとりでも笑ったら、シャッターが落ちるようになっています」
そう言って戻ってきた。
周りは三年を中心に並び始めていて、
「翠葉はここ」
海斗に腕を引っ張られ、翠は俺の隣に立った。その瞬間にさえ涙を零すから、
「翠」
名前を呼びこちらを向かせ、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭き取ってやる。と、次の瞬間にはシャッターがパシャパシャと切られ始めた。
あぁ、俺たちのやり取り見て笑われたのか?
笑われても何されても、翠の涙が気になって仕方がない。
また涙が零れるんじゃないか、そう思ったとき、
「ほら、翠葉も前向いて!」
嵐の声に、翠は唇を引き結び前を向いた。