光のもとでⅡ
決戦は月曜日 Side 慧 おまけ
ミュージックルームを出てから車に乗るまで、俺は必死に口を噤んでいた。で、ロータリーに用意されていた弓弦の車に乗り込むなりお口チャックを解除。
「あのさっ、ツカサってやつ、めっちゃ性格悪くねっ!?」
「くっ……あははははっ、開口一番がそれ?」
弓弦は身体を折り曲げハンドルに上体を突っ伏した状態で、堪えることなく笑い飛ばす。
「だってさぁ、初っ端から『翠の婚約者の藤宮司です』だぜ? もっとほかに自己紹介のしようがあったと思うんだけどっ」
「それを言うなら慧くんだってずいぶんな自己紹介だったじゃん」
「それはっ――弓弦が大学あれこれ話しちゃったからだろっ!?」
「とかなんとか言って、僕が紹介しなくても名前しか言わなかったんじゃないの?」
う゛……そうかもしれん……。
「でもさでもさ、相手が大学名とか学部名を話したなら、それと釣り合うように自己紹介するのが礼儀ってもんじゃねぇの? ったく、急に婚約者だのなんだの言いやがって大人げないっ」
俺がプンスカ怒っていると、
「慧くん慧くん、忘れてるみたいだから補足するけど、彼は大人っぽく見えても慧くんより一個下だからね?」
あ、そうだった……。
「でーもーさーーーーーーっっっ、初っ端から『婚約者』はないよっ」
「まぁね。でもさ、それって露骨に牽制しなくちゃいけない程度には、慧くんが要注意人物に見えたってことじゃない?」
えっ?
「そうかな? そうなのかなっ?」
「慧くん、素直すぎ……。でもそこ、喜ぶところじゃないから」
弓弦はくつくつと笑いながら車を発進させた。
「芸大祭とライブがあったのが十一月、御園生さんが指輪をもらったのがクリスマス。あの子のことだから、芸大祭で慧くんと再会したことも、誰のライブに行くってことも、包み隠さず司くんに話してたんじゃないかな? そしたらさ、危機察知能力が優れている人間なら自分のポジション如何は関係なく、何かしら策を講じてもおかしくはないよね?」
「それが指輪だったってこと?」
「たぶんね」
なるほど……。しかも、右手じゃなくて左手につけさせているあたり、ヤツの周到さだとか、底意地の悪さを表している気がする。
でもそう考えると、ものすごく嫉妬深い、わかりやすいやつなのかも?
ウィンカーの音がカチカチと鳴り始め、ゆっくり右折して公道へ出ると、弓弦はいつものレッスンの様子を教えてくれた。
「彼、いつもはまったく関与してこないんだ。それこそ、いつも同じ場所に座って難しそうな本をじっと読んでるんだよね。休憩時間にいたっても、話に加わることはないし、終始あの澄まし顔を崩すこともない。僕、彼の笑った顔なんて初めて見たし、あんなに会話っぽい会話をしたのも初めてだよ」
「まじで?」
「うん。そこからすると、僕は警戒するに至らない人間って判断されたんだろうね」
弓弦はおかしそうにクスクスと笑っていた。
「そうそう、慧くんがピアノを弾いたとき、まるで引き寄せられるように御園生さんが立ち上がったんだけど、彼、とっても悔しそうだったよ」
「あー……頭は良さそうだけど、音楽には縁なさそうだもんな。むしろあの貴公子っぽいなりでピアノまで弾けたら超いやみなやつだろっ!?」
俺があの男より優位に立てるとしたら、ピアノしかない。音楽しか、ない。
ゆえに、楽典でわからないところがあったら頼ってもらえるわけだし、そのあたりを取っ掛かりにして、翠葉と仲良くなってやる……。
現に、音楽の話ならずっとしてられる自信があるし、翠葉の食いつきも悪くない。
そうして仲良くなって、いつかは彼氏ポジションゲットして、婚約なんか破談にしてくれるわっ!
翠葉、目ぇ覚ませ。そいつ、顔はいいけどめっちゃ性格悪いぞっ――
「あのさっ、ツカサってやつ、めっちゃ性格悪くねっ!?」
「くっ……あははははっ、開口一番がそれ?」
弓弦は身体を折り曲げハンドルに上体を突っ伏した状態で、堪えることなく笑い飛ばす。
「だってさぁ、初っ端から『翠の婚約者の藤宮司です』だぜ? もっとほかに自己紹介のしようがあったと思うんだけどっ」
「それを言うなら慧くんだってずいぶんな自己紹介だったじゃん」
「それはっ――弓弦が大学あれこれ話しちゃったからだろっ!?」
「とかなんとか言って、僕が紹介しなくても名前しか言わなかったんじゃないの?」
う゛……そうかもしれん……。
「でもさでもさ、相手が大学名とか学部名を話したなら、それと釣り合うように自己紹介するのが礼儀ってもんじゃねぇの? ったく、急に婚約者だのなんだの言いやがって大人げないっ」
俺がプンスカ怒っていると、
「慧くん慧くん、忘れてるみたいだから補足するけど、彼は大人っぽく見えても慧くんより一個下だからね?」
あ、そうだった……。
「でーもーさーーーーーーっっっ、初っ端から『婚約者』はないよっ」
「まぁね。でもさ、それって露骨に牽制しなくちゃいけない程度には、慧くんが要注意人物に見えたってことじゃない?」
えっ?
「そうかな? そうなのかなっ?」
「慧くん、素直すぎ……。でもそこ、喜ぶところじゃないから」
弓弦はくつくつと笑いながら車を発進させた。
「芸大祭とライブがあったのが十一月、御園生さんが指輪をもらったのがクリスマス。あの子のことだから、芸大祭で慧くんと再会したことも、誰のライブに行くってことも、包み隠さず司くんに話してたんじゃないかな? そしたらさ、危機察知能力が優れている人間なら自分のポジション如何は関係なく、何かしら策を講じてもおかしくはないよね?」
「それが指輪だったってこと?」
「たぶんね」
なるほど……。しかも、右手じゃなくて左手につけさせているあたり、ヤツの周到さだとか、底意地の悪さを表している気がする。
でもそう考えると、ものすごく嫉妬深い、わかりやすいやつなのかも?
ウィンカーの音がカチカチと鳴り始め、ゆっくり右折して公道へ出ると、弓弦はいつものレッスンの様子を教えてくれた。
「彼、いつもはまったく関与してこないんだ。それこそ、いつも同じ場所に座って難しそうな本をじっと読んでるんだよね。休憩時間にいたっても、話に加わることはないし、終始あの澄まし顔を崩すこともない。僕、彼の笑った顔なんて初めて見たし、あんなに会話っぽい会話をしたのも初めてだよ」
「まじで?」
「うん。そこからすると、僕は警戒するに至らない人間って判断されたんだろうね」
弓弦はおかしそうにクスクスと笑っていた。
「そうそう、慧くんがピアノを弾いたとき、まるで引き寄せられるように御園生さんが立ち上がったんだけど、彼、とっても悔しそうだったよ」
「あー……頭は良さそうだけど、音楽には縁なさそうだもんな。むしろあの貴公子っぽいなりでピアノまで弾けたら超いやみなやつだろっ!?」
俺があの男より優位に立てるとしたら、ピアノしかない。音楽しか、ない。
ゆえに、楽典でわからないところがあったら頼ってもらえるわけだし、そのあたりを取っ掛かりにして、翠葉と仲良くなってやる……。
現に、音楽の話ならずっとしてられる自信があるし、翠葉の食いつきも悪くない。
そうして仲良くなって、いつかは彼氏ポジションゲットして、婚約なんか破談にしてくれるわっ!
翠葉、目ぇ覚ませ。そいつ、顔はいいけどめっちゃ性格悪いぞっ――