光のもとでⅡ
 お茶の用意をしてダイニングへ戻ってくると、ハープに手を伸ばし調弦を始める。ハープの次はピアノの拭き掃除。軽く埃を拭き取ると、ピアノの蓋を開け「ラ」の鍵盤を人差し指で押す。すると、人のいない空間にポーン、と空虚な音が響いた。
 今、ピアノを弾いたらどんな音色になるのかはよくわかっている。
「陰湿な音ばかり奏でられたくないよね……」
 この二週間、ピアノやハープを弾くことで感情のバランスを保ってきた。ピアノやハープを弾くと一時的には楽になる。でも、そろそろそれも終わりにしなくてはいけない。感情を逃がすのではなく、向き合わなくては……。
「向き合う必要があるものは、どうしていつもつらいことなのかな……」
 私はもう一度「ラ」の音を鳴らした。
 今日は土曜日、明日は日曜日――次にツカサと会うのは早くても月曜日だ。それなら、まだ考える時間はある。
「翠葉さん……最後にもう一度だけ逃げてもいいですか? お風呂……お風呂から出てきたらちゃんと考えるから」
 ピアノにぼんやりと映る自分に話しかけ、ピアノの蓋を閉じた。
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