恋はしょうがない。〜初めての夜〜 + Side Story ①&②
 
 

離れに戻って来れたのは、もう薄暗くなった頃、落ち着く暇もなく仲居が夕食の準備に訪れた。


立派な宿にふさわしい、予想を裏切らない美味しい料理に舌鼓する。


料理を運んでくれる仲居に、真琴が材料や調理法についていろいろと質問をすると、気を良くした仲居はいろいろと教えてくれた。

といっても、話は真琴としながら、仲居の視線のほとんどは古庄に向いている。
それほど、食べている様の古庄も完璧だった。


古庄よりもかなり年配なのにもかかわらず、憚りなく古庄に見入る仲居のそんな様子に、真琴はやきもちよりも面白さを感じてしまう。



食事が終わり、片づけをしている途中で古庄が用を足しに席を立つ。
すかさず、仲居はそっと真琴に耳打ちした。



「旦那様、ものすごいイケメンですね…。」



その言葉に、真琴が目を丸くしていると、


「……旦那様、ですよね?」


と、訊きなおされる。


「…はい」


真琴は小さく頷いた。
「旦那様」という響きが、少しくすぐったい。



「あんな方に想われて、お幸せですね」


更にかけられた言葉に、真琴は同意することなく、もう一度仲居を見つめ返す。


「奥様への眼差しを見れば、旦那様が深く愛していらっしゃることは判ります」


仲居の言葉が真琴の中に沁みわたって、返す言葉が見つけられない。


古庄と一緒にいて見劣りする自分を、こんな風に見てくれている他人がいることにも心が震えた。


その時、古庄が戻ってきて、とっさにそちらを見た真琴の顔が一気に紅潮した。

そんな反応をされた古庄は、訳が分からず真琴と仲居を代わる代わる見遣る。



「…申し訳ございません。出すぎたことを申し上げました」


仲居がそう言って頭を下げ、離れの部屋を出ていくと、


「…何だったの?」


と、様子を訝しんだ古庄から尋ねられた。

真琴は赤い顔のまま首を横に振って何も答えず、キャリーケースを開いて荷物の整理をし始める。



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