恋はしょうがない。〜初めての夜〜 + Side Story ①&②
月光の中で
真琴が離れに戻って来た時、すでに戸の鍵が開いていた。
そっと部屋に入ると、部屋に灯りは点いておらず、窓から入ってくる明るい月の光に照らし出されている。
古庄は窓辺に佇み、その姿がシルエットになって浮かび上がっていた。
月を愛でる古庄は、まるで月の化身のようだ。
神々しいその光景に、真琴は思わず息を呑んだ。
――……きれい……
男性を形容するのに適当な表現ではないのかもしれないが、真琴はそう思わずにはいられなかった。
かけがえのないこの時とこの光景を惜しむかのように、真琴は古庄を見つめ続ける。
すると、古庄が真琴の気配を察して振り向いた。
真琴と同じ柄の浴衣を着ているから、温泉には入ってきたらしい。
「今日は中秋の名月らしいよ。布団を敷きにきた仲居さんが、一緒に持ってきてくれた」
古庄が指し示した縁側をよく見ると、ススキとお団子が供えられている。
旅館の粋な計らいを嬉しく思いつつ、真琴も一緒に月を眺めるべく部屋に足を踏み入れると、二組並べて敷かれている布団が目に飛び込んできた。
ドキン!と一つ胸の鼓動が大きく打ったが、ゴクリと唾を一口呑み込んで心を落ち着ける。
夫婦なんだから、当然のことだ。
これからずっと死が二人を分かつまで、こうやって古庄と枕を並べて寝ることになる。
今日はその記念すべき最初の夜なのだ。
1年で一番美しい月を見上げて、まるでこの夜を祝福してくれているみたいだと、真琴は思った。
二人の会話がなくなると、その沈黙を埋めるかのように、庭の草陰から秋の虫たちの休むことない清かな声が聞こえてくる。
雲一つない中天に浮かび、煌々とした光を放っている月を見ていると、心が澄んでいくのが分かる。
つかみどころがなく、心の中に混とんとして渦巻いていた不安や雑念もきれいに洗い流され、真琴の中には確かなものだけが残っていく。